◇SH2860◇企業活力を生む経営管理システム―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―(第72回) 齋藤憲道(2019/10/31)

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企業活力を生む経営管理システム

―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―

同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

第4章 企業活力を生む「経営管理システム」を創る

 企業の不祥事が発見される都度、その再発防止を目的として法規制が強化されてきた。これに対応して、企業ではコンプライアンスを確保するための管理の仕組みの整備が続いている。

 管理が多層化すると、間接部門の生産性は低下する。毎年のように追加される法規制に、その都度、個別に対応して管理を強化するのでは費用と効果の面で自ずと限界があり、早晩、経営は行き詰まる。

 企業には、法規制に適切、効果的かつ効率的に対応できる管理システムを構築し、その中で「高い自己浄化能力」を実現することが望まれる。

 1990年代にバブル経済が崩壊するまで、日本企業(特に、製造業)は高い生産性を実現して、世界市場で優位に立っていた。

 しかし、その当時から、日本企業の生産性は欧米企業と比較すると、直接(ライン)部門では優るが、間接(スタッフ)部門では劣る、ということが指摘されていた。

  1. (参考) 日本企業に勤めていた筆者は、1980年代後半から10年間、欧州のグローバル企業との合弁事業に関与した経験を通じて、この指摘が的を射ていることを実感した。

 1990年代に入ると、ICT(情報通信技術)が進化して様々なコンピュータ管理のツールが企業に導入され、管理間接業務の生産性の向上に取り組む動きが少なくなった。

 丁度この頃、日本のバブル経済が崩壊して、業績悪化に苦しむ多くの企業が事業の集中と選択を迫られた。事業再編や従業員のリストラのニュースが頻繁に報道され、企業は、管理間接業務の生産性を検討する余裕を失っていた。

 2000年代に入ると、企業活動を規制する様々な法律が毎年のように制定され、その都度、企業は新制度の導入に追われた。新制度の多くは、新たな管理業務(情報・データの作成、その運用、記録・データの保存)・点検作業・社員教育・会議・社内外の監査への対応等を必要とし、企業の生産性を低下させる要因となっている。

 しかし、一般的に、企業にはバブル経済崩壊後の不況の中で行った「人員削減によって実現された外見上の生産性向上には、問題がある」という認識が薄いようである。2000年以降の法務管理業務(コンプライアンス管理等)の増大によって、管理間接部門の生産性にどれだけマイナスの影響を及ぼしているのかを検証し、本来目指すべき生産性の目標を改めて認識する必要があろう。

 地味で目立たないが本来必要な作業が手抜きされているのではないか、あるいは、もともと低かった生産性を基準にしたために現在の課題を見落としているのではないか(会議・集会・研修・記録作成・データ作成等の実態を検証して、もっと高い生産性を実現すべきではないか。)等を確認して、効果的な管理間接業務を実現したい。

 企業の経営管理システムには「高い生産性」と「高い自己浄化能力」の双方を同時に実現することが求められる。

 そこで本章では、まず、(1)「高い生産性」を指向する現場の日常業務のプロセスの中に「違法行為」「作業ミス」等を発見・除去する仕掛けを組み込む方法を考え、次に、(2)「業務の現場」「社内の中立的立場」「外部の第三者」の3つの関係者の目線を組み合わせて「高い自己浄化能力」を獲得する方法を考える。

  1. (注) 上記の(2)には、一般的に監査と言われる業務が含まれる。監査には、業務知識・情報収集力等の面で優れる「内部監査(自主監査)」、客観性・品質保証水準等の面で優れる「第三者監査」、この両者の中間に位置して取引先等が監査する「第二者監査」の3種類がある。

 そして最後に、(3)管理システムが備えるべき水準を考察する。

 

第1部 「高い生産性」と「高い自己浄化能力」を内蔵する管理システムの要件 

 経営管理システムの設計にあたっては、まず、自社の事業に最適な管理方法を考えて高い生産性を確保する業務管理の基本型を作り、次に、これに企業規範を遵守する観点から追加・修正すべき事項を検討する、という手順を踏む。

  1. (注) システム設計では、競合他社のシステムを分析して、それ以上の生産性を確保することが有効である。生産性向上のヒントは、しばしば、異業種の管理システムの中に見つけることができる。

 

1.「高い生産性」を備えるための要件

 「高い生産性」は、企業の存続に必要な最も重要な要素の一つであり、これを継続的に維持する企業が、市場競争の中で優位に立つことができる。

 「高い生産性」の実現に必要な主な要素を次に示す。

  1. (注) 個別の商品・事業を管理する基本的なシステムが構築・運用されると、利益の最大化を図るために生産・販売に関するプロダクト・ミックス(商品の構成・組合せ)の検討が行われる。これは同システムの応用作業(AIの効果が見込まれる)である。                  

(1) 各職能の業務システムの水準を高くする  

 1960年代から大型コンピュータが普及して、生産、販売、人事、経理等の管理システムをコンピュータ化する企業が増加した。1980年代になるとコンピュータの大容量化・小型化が進み、設計・開発等の技術部門でCAD[1]が用いられるようになった。

 今日では、多くの企業が高性能化したパソコンやスマホを用いて様々な管理を行っており、新薬や新車の開発でスーパーコンピュータが利用されるケースも珍しくなくなった。 

  1. 〔コンピュータ化された管理の例〕
  2.   技術(設計支援)、製造(生産管理、受発注管理、物品授受、検査・加工・組立、機械設備の稼働管理)、営業(販売・顧客管理)、人事(労務管理(勤怠・シフト)、給与の計算・支給)、経理(財務・会計・原価管理、固定資産管理)

 「一つの基準・規格」が「多数の物品・貨物・取引等」に適用される場合は、「マスター・ファイル」の仕組みを作って、生産性と規範遵守を同時に実現する。

 製品、部品、原材料、技術等に関する国・地方公共団体・公的機関等の規範(基準・規格を含む)を、それぞれの制定者が基本データ(多くの場合は電子データ)として作成・公表し、これを企業が取得して自らの「マスター・ファイル」とし、商品設計・調達・出荷・輸出・輸入等の業務に適用すると、社会全体で生産性が向上する。

 ただし、この基本データに関しては高度の情報セキュリティを確保することが必要である。

 なお、環境規制や貿易規制においては多くの専門技術用語が用いられており、内容の変更も多い。行政には、素人でも容易に(又は、自動的に)規制を正しく運用できる仕組み(システム)を作ることが望まれる。

  1. マスター・ファイルの例
  2. 〔環境規制〕 使用又は取引が規制される物質、廃棄が規制される物質
  3. 例 設計部門・購買部門等が、特定の材料に規制物質(有害物質等)が含まれていないことを確認し、その材料が「使用可能」又は「使用不可」であることをマスター・ファイルに登録する。
     
  4. 〔貿易規制〕(対象品等)輸出規制物品、輸入規制物品、輸出規制技術
  5.       (対象国)全ての貨物が規制される国、一部の貨物が規制される国、送金が規制される国
  6. 例 特定の製品(又は技術)が、外為法・関税法等の輸出入規制の対象に該当するか否かを、製品(又は技術)のマスター・ファイルに登録する。
    (注) 海外のグループ工場向けの部品・原材料を含む。

     
  7. 〔取引価格〕 一定期間中(例えば、6ヵ月間)に適用する取引の単価
  8. 例1 購買部門・営業部門等が製品・材料等の取引価格を決め、経理のマスター・ファイルに登録する。
  9. 例2 ダンピング規制・移転価格管理の対象品の取引価格(条件)を明らかにして、経理のマスター・ファイルに登録する。


[1] Computer Aided Design

 

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