シンガポール:紛争解決関連法制の改正動向(上)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 青 木 大
本稿では、最近のシンガポールにおける紛争解決に関連する法制の改正動向をお伝えする。
1. 外国判決相互執行法(Reciprocal Enforcement of Foreign Judgments Act)の改正(2019年9月2日成立)
シンガポール国内における外国判決の執行に関連する法律の見直しが行われた。これまでシンガポールにおける外国判決の執行にかかる法律として、外国判決相互執行法及びコモンウェルス判決相互執行法(Reciprocal Enforcement of Commonwealth judgments Act)の2つの法律が存在していたが、今回の改正で後者は廃止され、前者に一本化されることとなった。
そして、改正により、同法において執行対象となる外国判決は、金銭給付判決だけでなく、特定履行命令等の非金銭給付判決(non-money judgments)や仮処分命令等の中間的な判断(interlocutory orders)等も含まれることとなった。また、最上級審の判決のみでなく、下級審の判決も執行の対象に含まれることとなる。
上記2法に基づき判決の執行が認められている国は現在11か国・地域(英国、カナダ、オーストラリア、マレーシア、香港等)であるが、上記の改正に伴い、今後さらなる拡大も見込まれる。現在のところ日本は同法に基づく執行が認められる国には該当しないが、日本の裁判所の判決も、別途コモンローの法理に基づき執行が認められる可能性がある(過去においてこのルートで日本の判決がシンガポールにおいて執行された例がある。)。
2. 知的財産(紛争解決)法(Intellectual Property (Dispute Resolution) Bill)(2019年8月5日成立)
同法は、知的財産にかかる紛争解決の円滑化・迅速化等を図るため、著作権法、特許法、仲裁法等の関連法について以下の改正を行うものである。
- ⑴ 知的財産にかかる紛争の管轄裁判所を高裁(High Court)に集約
- ⑵ 第三者が特許付与前段階において意見を提供できること及び特許権付与後に特許の再審査を要請できる制度を新設
- ⑶ 知的財産にかかる紛争が仲裁可能であることを仲裁法・国際仲裁法に明記(ただし仲裁判断の効力は当事者間に限定される。)
なお、本法の枠外ではあるが、高裁における知的財産に係る紛争解決手続を簡略化・効率化する措置を今後講じていくことも審議の過程で政府により明らかにされた。これらの改正を通じ、シンガポールはIP関連紛争についても国際的なハブとなることを目指そうとするものである。
3. 裁判所の機構変更(高裁上訴部の設置)
シンガポール政府は高裁(High Court)内に上訴部(Appellate Division)を設けるための改正法案を2019年10月7日シンガポール議会に上程した。
これまでは、一定訴額以上の案件についての第1審は高裁(High Court)、その上訴審は控訴裁判所(Court or Appeal)の2審構造であったところ、高裁が通常部(General Division)と上訴部(Appellate Division)に分けられ、第1審は高裁通常部が受け持つこととされ、一定の案件(改正裁判所法の別表に規定される。)について、高裁通常部の判断は高裁上訴部に上訴されるべきこととなる(ただし、一定の案件(刑事事件等)は従来通り控訴裁判所が上訴裁判所となる。)。高裁通常部から控訴裁判所への更なる上訴も可能だが、それは高裁通常部が許可を出した案件に限定される。
現在、多数の案件が控訴裁判所にかかっておりその判断待ちに時間を要している状況が続いている(2018年に控訴裁判所に係属していた案件数は5年前の56%増となった。)。今回の改正は上訴案件を控訴裁判所と高裁上訴審で分担することにより、控訴裁判所の負担を軽減し、ひいては効率的な事件処理を確保する狙いがある。
(下)に続く