ベトナム:ベトナムの裁判制度及び判例の紹介(2)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
弁護士 小 谷 磨 衣
(承前)
2.判例の制定・公布
ベトナム国内裁判においては、審理の長期化等に加え、過去の裁判例が先例として参照されないために、裁判所の判断が安定せず予測可能性が低いことが課題と考えられていた。
最高人民裁判所は、2015年10月に、最高人民裁判所裁判官評議会の「判例の制定、公布及び適用の手続に関する議決」(03/2015/NQ-HDTP)を公布した。これは、裁判例のうち、パブリックコメント手続などを経て最高人民裁判所裁判官評議会が制定し、最高人民裁判所長官が公布した「判例」について、裁判官は、①同様の事実、同様の法的事件に対して同様の解決を行うこと、②「判例」を適用する場合も、しない場合も、その理由を判決上に示すこと、③「判例」そのものが不適切であると判断した場合には、最高人民裁判所裁判官評議会に対して廃止を提案すること、などを定めている。このような意味での先例拘束力が認められる判例の制定基準は同議決2条に下記のように定められており、ここに示されているとおり、先例的価値を有し、裁判所による法の統一的適用に資するといえる裁判例が判例として制定されることが予定されている。
- ① 異なる見解がある法令の規定を明確にするための立論、各争点又は法的事項の分析又は解釈及び具体的事件において適用すべき原則、処理の方針又は法令の規範を含むこと。
- ② 標準性を有すること。
- ③ 審理における法令の統一的適用を案内する価値を有し、同様な事実又は法的事項を有する複数の事件が同様に解決されなければならないよう保障すること。
最高人民裁判所裁判官評議会は、2016年以降毎年、一定数の裁判例を判例として制定しており、2019年10月時点では計29件の判例が公布されている。当該件数は行政事件、民事事件、刑事事件等の別を問わず制定、公布された判例の総数であり、判例制度の導入から丸4年を迎える現在でも、日系企業が紛争に巻き込まれることを想定した場合に参考となる判例はいまだ十分に蓄積されているとはいえず、裁判の結果の予測可能性はいまだ非常に低いといわざるを得ない。また、下記に一例を紹介するとおり、判例として制定されて公布された裁判例も、その判決文自体が短く、その背景事情、当事者の主張立証、具体的な審理や下級審の判決の内容が公表されていないため、日本でのようにそれを研究して議論の対象とし、裁判所の法解釈の方法や法理論を分析し、その判例の射程を明らかにすることは不可能といわざるを得ない。
ベトナム国内裁判制度は、これから判例の蓄積を重ね裁判所による法の統一的な適用が発展することが期待されるが、それにはまだまだ時間がかかりそうである。現状では、日系企業にとってはベトナム国内裁判における結果の予測可能性は極めて低く、ベトナム国内裁判を紛争解決手段として選択することはできる限り避けるべきものと思われる。また、日本及びベトナムの裁判所はいずれも相手国の裁判所の判決を承認しておらず、日系企業が日本の裁判所で確定判決を得ても、ベトナム国内で執行することはできない。そのため、ベトナムで事業を行う日系企業としては、契約書作成時の紛争解決条項において仲裁による紛争解決を選択することが、引き続き合理的であると考えられる。
((3)につづく)