(第5号)
企業法務よしなしごと
・・・ある企業法務人の蹣跚・・・
平 田 政 和
Ⅰ.Freshmanのために・・・若いうちにこれだけはやっておこう(その2)
【一義的な意味を持つ文章を書く】
法務部では、契約書の立案や検討作業が業務のかなりの部分を占めている。企業買収や合弁会社の設立といった大きなプロジェクトでも契約書の立案・検討は重要な作業である。契約書の立案・検討に際しては、条項の意味が一義的になるように細心の注意を払わなければならない。同じ文章や同じ語句が読む人によって違った意味にとられるようであれば何のための契約書か、ということになる。
“白い歯の美しい女の子”という語句に最初に出会ったのは、今を去ること四十数年の昔、岩波書店のロゲルギスト著「物理の散歩道」だった。「なるほど」と思った。同じ内容は、「理科系の作文技術」(木下是雄著、中公新書)や「契約意識と文章表現」、「契約文章読本」(いずれも田中齋治・上野幹夫著、東京布井出版)にもある。
会社で新入社員や技術者を対象とした法務講座の講師を務めるときは、この語句からスタートするのが常だった。
「“白い歯の美しい女の子”。これを絵に描くとすればどのような絵になるでしょうか。
普通には歯磨製品のコマーシャルに出てくるような、“白い歯が美しくキラキラ光っている少女”を連想するでしょう。しかし、これ以外の読み方はないのでしょうか。“白い歯の美しい女”がいて、その“子”と読むことも可能です。この場合の“子”は男か女か分かりません。また、“美しい”のは“白い歯”ではなく、“顔”であるかも分かりません。慎重に読んでみると、八通りの読み方ができそうです。社内の報告書や社外へ出す文書や契約書が八通りにも読まれては大変です。文書は一義的な意味を持つように注意深く構成すべきです。」と続ける。
また支払保証書の文言を例に出すこともある。「当社が売主となる売買取引に関し、売掛債権や受取手形債権を担保するため、保証金額の限度を30百万円、保証期間を平成26年4月1日から平成27年3月31日まで、とする保証書を入手したとしましょう。このような保証書はよく見かけます。この保証期間はどのような意味を持っているのでしょうか。この保証期間内に締結した売買取引にもとづく代金債権等は全て保証する、従って保証期間後に商品が出荷された場合であっても、その代金は保証される、と解釈するのが正しいのでしょうか。それとも保証期間内に出荷した商品の代金で、保証期間内に保証債務の履行を請求した場合のみ保証されるのでしょうか。保証期間内に出荷した商品の代金であれば、保証期間後に受取手形が不渡りになったとしても、その手形代金債務は保証の対象になると考えることもできます。保証書を貰うときには、これらの事柄をきっちりと考えたうえで、自らの意図するところが明確になるように書面化しておく必要があります。」と説明する。
契約書に限らず文書を作成するときには、いろんな角度から何度も読み返し、誤解されないよう、意味が一義的になるように慎重に構成する必要がある。
サマセット・モームは『作家の手帳』の中で「同じ文章が二人の人に対して、同じ影響を与えるものとは決して言えない。」趣旨を書いている。作家はこのように言うが、契約書立案者は同じ影響を与えるよう努力する必要がある。
一義的な意味を持つ文章で感心したのは、現在は廃刊になっており書店では見ることができない、文章が中心となったJTBの小型の外国旅行ガイドブックのシリーズだった。このガイドブックの文章には感心した。著名観光地からその近隣の観光地への案内が、無駄な言葉もなく、必要と思われる情報だけを誤解の生じない3~4行の簡潔な文章で書いていた。この文章だけを頼りに、初めての国であるにも拘わらず、また言葉も解らないにも拘わらず、バスや地下鉄を乗り継ぎ、きっちりと目的地に着くことができたことが何度もあった。その時、契約書の文章もかくあるべし、と思ったものだ。
(以上)