(第6号)
企業法務よしなしごと
・・・ある企業法務人の蹣跚・・・
平 田 政 和
Ⅰ.Freshmanのために・・・若いうちにこれだけはやっておこう(その3)
【契約書条項作成の基礎知識とノウハウの習得に努める】
自分でも数えきれないほどの多種多量の契約書を立案した。また、他人の作った契約書の修正やチェックも数多く行った。英文契約書を含めて契約書作成の基礎知識やノウハウの初歩は、いわゆる徒弟制度により習得した。私が新入社員だった頃は未だ余裕があったのだろうか、上司や先輩が私の作成した契約書案を丁寧に添削して下さった。私の表現を出来るだけ生かした添削をすることは、後日に私の部下に同じようなことをしたときに、自分で零から作成することと比べて、どれだけ大変で手間と時間がかかるものかと知った。
最近では業務が多忙となり、私が経験したような上司や先輩の丁寧な添削を期待することができないかも分からない。そのような場合であっても、口頭での意見表明、注意や修正指示はなされるであろう。その言わんとするところ、真意をきっちりと理解し、心に留めておき、必要ならメモをとり、次回の契約書立案作業に生かすという姿勢を常に持ち続ける必要がある。
これら上司の意見、指導、注意と並行して法律用語の基礎知識を勉強する。「及びと並びに」、「若しくはと又は」、「その他とその他の」などの基本的な表現についてはその意味、違いなどをきっちりと理解しなければならない。これらについては、元法制局長官の林 修三氏の手になる『法律用語の常識』(日本評論社)や『やさしい法律用語の解説』(小島和夫、公務職員研修協会)、『似たもの法律用語のちがい』(法曹会)、などの書物は非常に役に立つ。
英語の表現についても『英文法律文書作成の基礎』(R.リッカーソン著、松枝迪夫・飯島澄雄訳)の原本と翻訳本などの書物で勉強することができる。私がかなり経験を積んだ頃に発行された『英文契約書作成のキーポイント』(中村秀雄、商事法務)は英文契約書に関して私があまり使うことのなかった幾つかのスマートな表現についての知識を与えてくれた。
これらの法律用語についての基礎的な知識が欠如していると思われる契約書案を目にすることも多かったが、このようなことであっては、立案者の意図している内容を正しく表現することはできない。契約書の立案・検討をする立場としては法律用語の基礎知識を完全に自分のものにしておく必要がある。そしてこれは自己啓発により手に入れることができる。
また、同じことを定めるにも巧拙がある。短い文章で誤解の生じない表現をすることも大事である。これらは常日頃から気を付けていて、先輩や専門家の表現を盗むことにより得られる。経験を積んだと思われるような頃になると、冗長な表現や意を尽くしていない表現については誰も注意してくれない。これらについても若い間であれば注意したり指導したりしてくれる人もいる。それをうるさいと思わずに虚心坦懐に受け止め、自らのものにする。この態度と努力が何年か経った後、誤解の生じない、隙のない、キレのいい契約書の作成に繋がる。
余談になるが、米国大手石油会社と契約交渉をしたときのことを思い出した。交渉に参加していた同社の法務部長は、新しく例外事項を定めるときには、常にnotwithstanding the foregoing(上記に拘わらず)を用いた。この用語を使わないで、本文中でその例外事項を定めることは考えていないようだった。そしてこの用語の使用により発生するであろう整合性の欠如をどのように解決するかについては無関心であった。彼の表現を生かしつつ、整合性のある契約条文にするためにどれほど苦労したか、失礼かつ生意気なようであるが、彼の契約書立案能力を疑ってしまった。
これとは別に次のような経験もある。中南米の会社に対する技術供与契約に関するものであったが、技術供与に関連して技術者を派遣するための技術者派遣契約を立案した。その中で私は派遣元の部署の要請に従い、「相手方が費用を負担し、年に一度、二週間、派遣技術者を日本へ帰国させる。」旨の条項を作成した。普通の場合だとこれで満点である。この私の原案を見た上司は「相手方は年に一度、派遣技術者に二週間の休暇を与え、日本帰国費用相当額を負担する。」旨の表現とする方がよいのではないかと意見を出された。場合によっては家族が相手先費用負担で派遣技術者を訪問することもでき、あるいは派遣技術者がどこか外国へ気分転換に行くこともできるのではないか、という意味である。
(以上)