(第7号)
企業法務よしなしごと
・・・ある企業法務人の蹣跚・・・
平 田 政 和
Ⅰ.Freshmanのために・・・若いうちにこれだけはやっておこう(その4)
【契約書作成のコツ】
ベテランにとっては意識することなく実行できているが、新人の法務部員にとっての契約書立案の最初のハードルは「内容をどのように配置、配列すべきか。」ということである。
私が無意識に行っていたことを列挙してみる。まず、取引の流れ、物の流れに従って条項を配列する。売買契約なら注文から始まって代金の支払いに及ぶ。次に、同じこと、何らかの基準で纏められることは、なるべく纏めて書く。賃貸借契約なら借主の義務、貸主の義務を纏める。
条文相互の関連を上手く付けることにより契約書にメリハリができ、引き締まる。具体的には、どの条文を先に書いたら後の条文が書きやすいかということを考えることである。不動産売買契約の場合の代金支払義務と登記義務や動産売買基本契約における期限の利益喪失条項と即時解除条項といったものである。
大事なことであるが、原則的なことは先に書き、例外的なことあるいは特殊なことや異常なことは後に書く。これは法律規定における本文と但書との関係と同じように考えることができる。契約違反をしたらどうなるか、どうするかというようなことは後に書くべきである。一番気になることだからという理由で最初の方に長々と書きたくなる気持ちは分かるが、これは望ましくないと考えている。
スマートな契約書にならないことを承知しながらも、私が留意していたことがある。それは契約当事者にとって大事なことは、その内容をはっきりと直截に書く、ということである。この条文とあの条文からそのように解釈できる、使われている法律用語から考えてそれ以外の解釈はできない、というのではなくその内容をはっきりと条文の形で書く、ということである。当事者間に契約書内容を巡って争いが生じたときに、相手方に「騙された」と感じさせるようなことはあってはならない。
例えば、次のような条文をどのように解釈するだろうか。「天災、火災、行政処分、売主又は第三者のストライキ、ロックアウト、その他の争議行為、輸送機関の事故その他売主の責に帰することのできない事由により個別的契約の全部若しくは一部の履行の遅延又は不能を生じた場合には、売主は、その責に任じない。」
売買基本契約書中のこの条文に関して、あるとき営業担当の常務取締役から「売主の責に帰することのできない事由による火災以外の火災、例えば売主又は下請加工業者の失火によって、売主の工場や下請加工業者の工場が燃え、その結果、個別的契約の全部または一部の履行の遅延又は不能を生じたときは、売主は責任を負わなければならないのだろうか。」との質問があった。
この基本契約書では「ストライキ、ロックアウト、“その他の”争議行為」(例示)と「“その他”売主の責に帰することのできない事由」(列挙)というように“その他の”と“その他”は厳密に使い分けられていることから、私は「原因、理由の如何を問わず火災による履行遅延や履行不能については、売主は責任を負わなくてよい。」と答えたのだが、法律的に正しいこの解釈は果たして法律文章に慣れていない自社の営業担当者や買主を納得させることができるだろうか。
最後の重要なコツは、想像力をたくましくして、いろんなケースを想定することである。空からは槍は降ってこないが、雨や雪だけでなく雹や霰は降ってくる。雷も落ちてくるだろうし、場合によっては飛行機からその部品が落ちてきたり、飛行機自体が落ちてきたりすることもある。契約書立案に際してはいろんなケースを想定し必要な対策、対応を定めるようにしなければならない。
今から20年ほど前にタイで工場用地の買収をしたときのことであった。バンコクからアユタヤに向かう幹線道路に沿った造成前の工場団地の一区画、約25万㎡の土地が最終候補地となった。道路に近い区画は既に造成済みであり日系の会社の工場建設が始まっていたが、われわれが購入を検討している区画は見渡す限り稲が青々と繁っている田圃の一画で、農業用道路とクリークが縦横に走っているのが目に付くだけであった。周囲には大きな建物は何もなかった。整地計画を始め排水規制や造成後の建築規制については、工務担当者が中心となり、何日もかけて慎重な検討が行われた。規制の中には、工場用地の基礎の海抜は、直ぐ横を走っている幹線道路の海抜を超えてはならない、というのもあった。
工場建設に問題がないとの結論を得た工務担当者は担当常務取締役に結果を報告した。報告を受けた工務担当の常務の発言「高度規制は大丈夫か? 調べたのか?」。工務担当者の独り言「何を馬鹿な。あんなところに高度規制があるはずがない。」。
私も協力し、調査したが、思いも掛けない規制があった。かなり離れたところに、記憶では2km以上あったと思うが、タイ王室の離宮のバンパインがあり、それを見下ろすような建物は建ててはいけない、とされていたのだった。計画していた重合塔の高さが少し規制をオーバーすることが分かった。高度規制についても予断することなく想像力を逞しくして調査をすべきであった。もっともこの話には“落ち”がある。担当者は必死で規制内の高さでの重合塔を設計し、結果的にはより効率的な重合塔が建設されたのだ。
契約書作成のコツというかテクニックを身につけるには、質のよい契約書に数多く触れ、意識してその構成や表現を自分のものにするよう努めるとともにあらゆる面から問題を考えるという地道な努力を継続することである。
(以上)