(第23号)
企業法務よしなしごと
・・・ある企業法務人の蹣跚・・・
平 田 政 和
Ⅲ.Juniorのために・・・広い視野をもとう(その3)
【契約書の本質は何だろうか】
契約書の本質について考えたことがあるだろうか。「本質」について辞書では「あるものをそのものとして成り立たせているそれ独自の性質」、「物事の根本的な性質、要素」、「そのものの本来の姿」などと説明している。
企業法務関係の業務をしている親しい友人数人と、一献傾けながら、「契約書の本質は何か」について話をしたことがある。いろんな意見、考え方が提示された。
第一の考え方は「契約書はシナリオである。」というものだった。契約当事者のそれぞれが契約に定められた内容に従って共に、業務を遂行して行く、プロジェクトを進めて行く、そのための目的を具体化し明確化し、それぞれが何をするかを取り決める、そのために作成されるのが契約書である、というのがその主たる理由であった。合弁契約書や共同開発契約書を説明するのにはこの考え方は妥当する。
第二として「契約書は事務処理の規範文書でもある。」という考え方が示された。契約書に定められたとおりの事務処理をしておけば、契約違反に問われることはない、いつ誰が何をどのようにするか、を定めているのが契約書だ、という考え方である。賃貸借契約書や金銭消費貸借契約書を説明するのには、適当であろう。
これらの考え方もあることを念頭に、契約書の本質は「ディボース・ドキュメント(離婚証書)」と考えるのが正しいという第三の考え方、意見が多数を占めた。契約当事者は契約書に定められた内容に従って、義務を履行し、権利を行使する。しかし、時が経ち状況が変わってくると一方の当事者が義務を履行できなくなったり、義務の履行が不利と考え履行しなくなったりするということが起こり得る。
そのような場合には他の当事者は契約を解除したり、権利を確保するための対策を講じたり、損害賠償を請求したりと自己にとって有利な対応をする。
契約書は一方の当事者が義務を履行しないような事態が発生したときに、相手方当事者が自らの権利を確保するために最大の力を発揮することができるようなものでなくてはならない。当事者双方が契約に定められた内容に沿って義務を履行しているときには、契約書はいらない。両当事者の関係がおかしくなったときにこそ契約書が力を発揮するのだ。そして契約書はその目的で作るべきものだ。即ちディボース・ドキュメントだ。というものだった。
この意見に対しては、「これから結婚しようとする時に、離婚証書を作るのか」という冗談が出されたが、離婚証書的な表現をストレートに出すのではなく、当事者間の共同事業のシナリオ的な表現を中心に記載しつつ、必要な事務処理についても誤解のないように記述し、いざ離婚というときに役立つ条文をそっと忍ばせる工夫をすることが契約書立案担当者の腕であろう。
(以上)