◇SH0060◇企業法務よしなしごと-ある企業法務人の蹣跚12 平田政和(2014/08/19)

そのほか法務組織運営、法務業界

(第12号)

企業法務よしなしごと

・・・ある企業法務人の蹣跚(まんさん)・・・

平 田 政 和

Ⅰ.Freshmanのために・・・若いうちにこれだけはやっておこう(その9)

 

【日本法のきっちりとした理解が全ての基本】(その2)

(前号より)

 私が経験した一つの事例を挙げてみよう。1980年代だと記憶しているが、東南アジアのある国の合弁子会社数社の経営内容が悪化し、概算で100億円近くの資金援助をする必要が生じた。①融資は手続的には一番簡単であるが、融資をすれば子会社に金利負担が生ずる、無利子融資にしたり利息を親会社が受け取らなければ子会社に対する贈与になり課税問題が発生する、②金利負担を生じさせない資金援助は増資することであるが、(子会社の経営状態が良くなった時点であろうとなかろうと)減資により回収することはこの国の外資政策から見てほとんど不可能である、③(この国の会社法には規定がないが)日本法で認められているような内容の転換社債を発行することはどうであろうか、④(当時の)日本の法律では認められておらず、この国の会社法にも規定がないが、米国法では認められているtreasury stock(金庫株)を発行することはどうであろうか、このようなことをいろいろと検討した。

 最終的には、資金回収の可能性が一番高いこと、米国法では認められており、米国留学経験のあるこの国の政府の若手官僚の理解も得られやすいと思われること、からtreasury stock発行で対応することを中心に具体策を検討することとした。しかし法律に規定自体が存在しないこともあり、一連の手続をスムースに進めるためには具体的な方策につき現地で弁護士や公認会計士その他の専門家や政府高官と意見を交換する必要があると考えた。

 そこでリテインした弁護士や公認会計士との間でtreasury stock発行につき、①treasury stockの法律構成、概念を確定し、②発行、買戻し、保有、消却、売付けおよびこれらに関する経理処理の具体的実務手続の打合せ、を行った。これと並行して、外資導入に関する最終決定機関の政府実力者と議論・意見交換をし、役所の担当者にも具体的に内容を説明し、treasury stockの法的性格、発行手続・解消手続、これらに伴う経理手続等につき一つ一つ詰めていった。

 それぞれの意見が異なり、また(同国の法律には何らの規定もなされていない、新しい概念の導入であったためか)何度も前言を翻されるということもあり、非常に苦労した。

 これに対抗する意味もあり、私も、私のどういう質問、どのような意見に対して誰が何を言ったか、を時系列に取り纏め一覧表を作った。最終的にはその長さが1.5メートルほどになった。このようなことを行いながら、個別の面談を重ね慎重に確認を続けた。これらの結果、われわれの納得できる一応の結論が出た。

 最終的には、その時点までの何回にもわたる打合せや議論の結果、確認した結果に基づき作成した具体案を手元に、専門家たちにも役所まで同道願い、政府高官の同席のもとで、最終確認をすることとした。私が黒板を使い、概念と法律手続・経理手続のポイントを書き、全員の確認を得た。

 この手続遂行中に同国の経済環境も改善の方向に向かい、必要とされる金額は約三分の二に減額されたが、この額のtreasury stockが発行され、合弁子会社の経営に資することとなった。資金援助された額はその全額が予定通り数年後に回収された。後日、われわれの考案したスキームに従って同じような対策を講じた大手総合商社があると聞いた。

 これら新しい概念やそれにもとづく制度の構築、納得性のある説明や相手方の質問に対する的確な、論理的な、整合性のある回答を行うについて、私のバックボーンになったのは、日本法についての知識であったと思っている。

(以上)

 

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