(第30号)
企業法務よしなしごと
・・・ある企業法務人の蹣跚・・・
平 田 政 和
Ⅲ.Juniorのために・・・広い視野をもとう(その10)
【座席の配置、座る席を考える】
契約交渉の場における部屋の大きさ、机の並べ方や座席の取り方について、我々は余りにも気に掛けていないのではないか、と反省している。重要な契約交渉の際には役員会議室など調度の整った部屋を使うことが多かったが、適当な大きさの部屋がとれないときなど、大きめの部屋を使い、会議中ずっと「なんとなく落ち着かないなあ」と反省し続けたこともある。
座席の配置は、交渉の段階に応じて変えるべきであると書かれた書物を読んだことがあるが、全く同感だと膝を打ったことである。
交渉の初期段階にあっては、長方形の机あるいは長楕円形の机のこちら側は当社サイド、あちら側は相手サイドというのが自然である。しかし、交渉がかなり煮詰まってきて、意見の相違点や対立点あるいは問題点がはっきりとしてきたときには、この配置は望ましくないと私は感じていた。対決・衝突という心理が働くのではないか、と思うからである。
この段階では、私は、机を正方形あるいは円形に近い形のテーブルに変え、ごく自然に隣り合う二辺や隣に交渉相手方が席をとるようにした。お互いに一緒になってプロジェクトを成功させようとしている、と感じられるようにと思ってのことである。
この隣り合う二辺や隣に交渉相手方の席を配置することの難点は、場合によっては相手方がこちらの書類を盗み見ることができるということであるが、外国企業との契約交渉の際には、私にとっては効果・利点の方が大きかった。
このように席が配置されている場合には、私は相手方の法務担当者あるいは弁護士と並ぶ座席を占めるのが常だった。
交渉が最終段階に至り、最後の微妙なワーディングの段階に立ち至ったときには、英語を話すのが苦手な私にとってはこの席の配置は、絶大な効果を発揮する。議論を聞きつつあるいは議論が煮詰まったと思った段階で、私は私の提案を条文の形に書き、隣に見せる。彼は(一度は彼女だったこともあったが)その上に修正案を書き加える、ということがごく自然に行われた。
また、我々はあまり関心を払わないが、欧米の企業人がより注意を払っているのが座る位置と窓の位置の関係である。交渉過程において自分の表情の変化を交渉相手方に悟られないために、光を背にして座ることが有利というわけである。
このことについては、一つの思い出がある。かつて、イタリアにある合弁会社で、労働組合の三役とその上部団体の幹部を相手に、EUの指令に基づく“欧州労使協議会”の設立についての基本協定書の条件交渉をしたときのことである。
この基本協定書は、この合弁会社の労働組合とだけではなく、一言一句同じ内容で、労働条件も異なり、労働法制も異なるフランス、ドイツ、イギリスの会社8社の労働組合と締結する必要があった。フランスの会社には考えの違う労働組合が三つあった。我々の考え方は事前にそれぞれの会社の幹部とその労働組合に連絡してあったが、大変タフな交渉だった。
このイタリアの会社での交渉が最後であった。入口側の席に着こうとした私を止めて、合弁会社の社長であるイタリア人は「ミスター・ヒラタ、我々はこちらに座りましょう。」と言って入り口から離れた奥の窓側の席を示した。そして交渉の相手方である労働組合の幹部を入口近くの席に座らせたのだった。
私は、交渉相手をお客様と見て、日本的な発想で下座を選ぼうとしたのだが、イタリア人の社長は、交渉に有利な席を取るべきだと判断したのだった。
(以上)