◇SH0129◇企業法務よしなしごと-ある企業法務人の蹣跚35 平田政和(2014/11/11)

そのほか法務組織運営、法務業界

(第35号)

企業法務よしなしごと

・・・ある企業法務人の蹣跚(まんさん)・・・

平 田 政 和

 

Ⅲ.Juniorのために・・・広い視野をもとう(その15)

 

【通訳を通しての契約交渉や法律調査に際しての留意点】(その2)

(前号より)

 次に大事なことは「通訳を通した契約交渉・法律調査には時間が八倍かかると心得ること」である。通訳を使うのだからと単純計算をして二倍と考える人は多い。しかし二倍ではすまない。

 法律調査を例に考えてみよう。こちらが日本語である質問をしたとする。通訳はそれを中国語に訳す。それに対して相手方は中国語で答える。通訳はそれをわれわれのために日本語に訳す。このようにしてわれわれは答を得たことになる。この段階で終わる人が圧倒的に多い。

 通訳を通さない日本語や英語での法律調査ならこれでいい場合もあるだろう。しかし、通訳という第三者を通した場合はそうではない。通訳が自分の日本語をどのように理解し、どのように中国語に翻訳しているか、また、相手方の発言をどのように理解し、それをどの程度正確に日本語に翻訳しているかは、残念ながら確認できない。

 そこで私は同じ趣旨の質問を別の角度からする。そして答を待つ。その答が出ると、さらに私の考えでは結論が同じにならなければならない(あるいは結論が異ならなければならない)、少し前提を変えた質問をする。そして答を待つ。これで六倍になる。

 最後にこれらの答を総合して、自分の言葉で結論を纏める。そして通訳にそれを訳してもらい、その結論が正しいかどうかを相手方に聞く。相手方が「そのとおり(テ、テと私には聞こえる)」と答えてくれて、初めて「正しい回答を得た。」とする。もっとも、場合によっては、通訳が「何回同じことを聞くのだ。頭の悪い人だ。」というような顔をすることがあるが、これは我慢しなければならない。このようにすると時間が八倍かかることになる。

 正しい回答を得るためには、ちょっとスタンスを変えて同じことを「縦、横、斜め」から聞くとともに、最後に自分の言葉で纏めることが必要である。

 三つ目は「通訳を依頼する文章は、論理的であり、かつ短く、一義的な意味を有するものとすること」である。このことはちょっと考えればすぐに分かることだが、うっかりすると、分っているものとして論理の節の一つを飛ばしたり、逆にだらだらとした文章を口に出し、通訳を悩ませたりすることになる。

 「言語明瞭、意味不明瞭」と言われた著名な政治家の例を出すまでもなく、われわれもよく「あの人は何を言っているのか解らない。」、「何を言いたいのか理解できない。」と言う。このような文章を訳させられる通訳こそ被害者である。

 これに対処するために、私は発言に含まれている論点は一つに絞り、できるだけ短い文章とすることにしていた。そして理由を示すときには、番号を付して通訳や相手方の理解を助けるようにした。

 最後の留意点は「『交渉を纏めよう、こちらの希望する答を引き出そう』とする通訳には注意すること」である。現実にこのような通訳もいる。そして多くの場合、このような通訳は優秀だと言われている。

 本当にそうなのだろうか。契約交渉や法律調査をしているのは、通訳ではなく、われわれである。何を聞きたいのか、どのような結果を得たいのか、について一番よく知っているのはわれわれである。主体性をもって交渉や調査をする必要がある。

 一つの経験を書く。あることについて中国当局の見解を調べることになった。優秀だと言われている甲という通訳は、こちらの希望する答を引き出そう、といろいろ表現に苦労しているのが感じられた。そして最終的にこちらの希望する答を引き出した。

 しかし、私はその結論がわれわれの検討中の案件に妥当するのではないことに直ぐに気が付いた。充分に事前調査をしていたこともあったが、意見交換の中での先方の発言の論理から考えて絶対にあり得ないと考えた。そこで、甲に今の結論の前提は、かくかくしかじかではないのか、と言うと「そうだ」との答えが返ってきた。甲はわれわれの期待に応えてわれわれの希望する答を引き出すために、一番の前提を横に置いたか、忘れたのだ。

 乙という通訳は、通訳という立場を理解した上で、日本語から中国語、中国語から日本語に言葉を正確に翻訳しているということが(中国語を一切理解できないながらも)感じられた。乙は私の発言の内容が十分に理解できないときは、通訳する前に私の発言の趣旨を確認していた。自分で勝手に判断し、通訳をするようなことはなかった。

 このような通訳には、私はときどき中国側の発言のニュアンスを聞いた。同じ「否」でもニュアンスの違いによってわれわれの対応策が異なる可能性があるからだ。

(以上)

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