SH0135 韓国:通常賃金の範囲をめぐる紛争 福井信雄・崔在勲(2014/11/17)

そのほか労働法

韓国:通常賃金の範囲をめぐる紛争

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 福井信雄

韓国弁護士 崔在勲

 最近、韓国では、「通常賃金」の範囲をめぐって大騒ぎになっている。韓国勤労基準法施行令によると、「通常賃金」とは、「労働者に定期的で一律に所定労働又は総労働に対して支給すると定めた時間給・日給・週休・月給又は請負金額」と定義されており、時間外・深夜・休日労働に対する割増賃金(加算率50%)や解雇予告手当、年次休暇手当などの算定の基礎になるものである。韓国では過去の様々な経緯により、毎月支払われる基本給以外にも2ヶ月毎又は祝祭日・年末などに支給される定期賞与や職務手当、家族手当、通勤手当、成果給、体力増進費、休み手当、越冬用のキムチ漬け手当等々、企業ごとに様々な項目の金額が労働者に支払われている。時間外・深夜・休日労働が日常的に行われる韓国においては、かかる労働の対価の算定において、どこまでを通常賃金に含めなければならないのか、必ずしも明確な法解釈がなされているとは言えない状況にあった。

 通常賃金に含まれるかどうかで特に問題になっていたのは、2ヶ月毎又は祝祭日・年末などに支給される定期賞与であった。たとえ労働の対価としての賃金であるとしても、毎月支払われない金額は「通常」の賃金には含まれないという解釈も一見成り立ちそうであり、実際、かかる解釈に基づき、これまで多くの企業が労働協約(又は就業規則)に規定することで定期賞与などの月次ベースで支払われない賃金項目は通常賃金に含めない運用をしてきた。また、監督当局である雇用労働部もかかる解釈を違法とは見ていなかった。しかし、韓国の法令では通常賃金の要件として「1ヶ月ごとに支払われること」を求めていないため、かつて韓国の大法院は、労働の対価として労働者に支給すると約束した金品で、「定期的」・「一律」・「固定的」に支給される賃金であれば、月ベースで支払われるかどうかは問題にならないと判断している。この判決を根拠に、労働者側は、法的に通常賃金であるものを労働協約などで排除するのはたとえ合意があったとしても無効だと主張し、定期賞与なども「通常賃金」に含めて割増賃金等の再計算を求める訴えを提起したというのが今回の騒動の発端であった。

 これに対し、2013年12月、大法院は、定期賞与など毎月支払われない賃金であっても定期的・一律・固定的に支払われる限り通常賃金に該当するという原則を再確認した上、通常賃金は最低の労働条件を定める法的な概念であるため、通常賃金だと認められる賃金項目を通常賃金から排除する労働協約は無効であると明確に判示した。ただ他方で、韓国の多くの企業の賃金交渉や賃金水準の決定過程などの実態を見れば、定期賞与が通常賃金に該当しないという前提の下で労使が定期賞与を通常賃金から除外する合意をした実務が長期間にわたって続いてきたこと、及びこのような労使の合意は既に一般の慣行として定着していることも認定した。かかる一般慣行を踏まえ、このような合意を前提に賃金水準を定めたという経緯がある場合に、労働者側がその経緯などを無視して定期賞与を通常賃金に加算し追加の法定手当の支払いを求めることが、使用者側に予測できない新たな財政的負担を負わせ、重大な経営上の危機をもたらす又は企業の存続を危険にさらす場合には、このような請求は「信義則」に反して認められないと判断したのである。

 この結果、定期賞与や特定の手当が通常賃金の範囲に入るかどうかという争点に加え、労働者側の追加請求が「信義則の違反」に当たるかという争点も生じることとなった。大法院はその後、「信義則の違反」を判断する際、定期賞与を通常賃金に入れることにより増加する通常賃金の金額、実質的な賃金引き上げ率、労働者の数、定期賞与の賃金総額に占める割合、日常的な時間外労働の有無などを総合的に考慮すべきだという一般的な基準を示したものの、具体的な事情は企業により異なるため、これに関する紛争は当面収まりそうにない。

 韓国メディアによると、2014年10月末の時点で、約250件の通常賃金関連訴訟が継続中だと報道されている。一部では訴訟の代わりに労使交渉によってこの問題を解決しようとする動きもあるものの、当分の間、通常賃金に関する紛争は相次いで起こることが予想されている。既に対応済みの日系企業も多いとは思われるが、これを機会に今一度現地子会社の賃金規定を見直し、適切な対応を取ることが求められる。

 

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