(第39号)
企業法務よしなしごと
・・・ある企業法務人の蹣跚・・・
平 田 政 和
Ⅳ.Seniorのために・・・将来を見据えよう(その2)
【違法行為は許さない】
法務部としては絶対に法律違反行為を許すべきではない。この言葉だけを読めば誰しも当然だと考える。しかし、会社を取り巻く周りの環境や同業他社の動きにより、具体的案件についての判断に際し“ぶれ”が生じることはないとは言えない。「赤信号みんなで渡れば怖くない」の心理が働くことは絶対にない、とは言い切れない。
このことについては、常に毅然たる態度で臨むよう、正しい心、信念を持つよう自己規律を心掛けるべきである。
私が悩んだ一つの例をあげよう。
かつて織機の設置には、織機設置制限規則で法律上の規制がかかっていた。この規則により、新たに織機を設置するには過去に登録されている古い織機を廃棄する必要があった。そのため織機自体が事実上経済的に無価値であっても、その織機を廃棄すれば新しい織機が設置できるので、事業を拡大しようとする企業にとっては古くても登録されている織機は必要であり、かなりの価額で売買されるのが通常であった。
そして現実は古い織機を廃棄しても、その織機の登録は抹消せず、その織機自体が存在しているように偽装して売買し、その購入者が購入した古い織機を廃棄したように見せかけ、新しい織機を設置することが日常茶飯に行われていた。古い織機の持主としては使用していない織機を現実に保管しておく必要もなく、また新しく織機を購入しようとする企業にとっても使用しない織機の移設や廃棄の手間も省ける。あたかも古い織機が現実に売買されたように偽装することは双方にとってメリットがある方式であった。そしてこれを「織機の権利の売買」と称し、業界では公然のことであった。
法律上は、古い織機を廃棄すると、その時点で「新しい織機を設置することができる権利」が消滅するため、このような方法で購入した「織機の権利」に基づき新たに織機を設置することは違法であり、刑事罰が規定されていた。しかし、この刑事罰が現実に適用されたことはなく、この条文自体が形骸化していた。そして業界ではこの慣行は堂々と行われていた。
あるとき、担当部署から織機の新設にあたり織機の権利を購入することについての意見照会があった。今まで一度も適用されたことがなく事実上死文化している条項、それに違反している慣行が業界として常識になっている条項、に違反する行為について、どのような回答をなすべきか、少し悩んだ。
会社として織機の権利を購入する必要性が強い事情や業界の実情をよく知っている私としては「法律違反に目をつぶる」という選択肢もあるのではないか、と思ったに違いない。そしてそのことを上司に言ったように思う。
上司は私の説明を聞き、直ちに「形式的なものであっても刑法犯に該当するような行為はやるべきではない。」と答えられた。
上司の意見に従った見解を文書にし、関係部署に送付したが、上司のこの発言は、その後の企業法務の遂行に際しての私の考え方のバックボーンになった。その後何度か、極めて微妙な問題について、意見書を法務部の責任者として書いたり、対応策について会議で発言したりしたが、私自身の考え方がぶれることはなかった、と思っている。上司のお陰である。
(以上)