◇SH0464◇インド:訴訟遅延は緩和されるか 山本 匡(2015/11/05)

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インド:訴訟遅延は緩和されるか――商事裁判所等に関する大統領令

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 山 本   匡

1.訴訟の遅延

 インドの訴訟遅延は世界的に悪名高い。世界銀行のDoing Business 2016によると、インドは、Ease of Doing Business Rankにおいて189カ国中130位につけているものの、Enforcing Contractsにおいては178位の下位に沈んでいる。訴訟遅延のみが理由ではなかろうが、これが大きな理由の1つであることは想像に難くない。訴訟遅延が投資協定違反を構成することを認めた仲裁判断もある(White Industries Australia Limited v. The Republic of India)。

  ※   http://www.doingbusiness.org/rankings

 

2.大統領令

 インド政府は、相当以前から上記の問題点及び改善の必要性を認識していたが、実効性のある対策がとられてこなかったというのが現実である。

 しかしながら、外国からの投資先としての魅力を高めるためには、迅速な紛争解決手段の提供を無視することはできない。2015-16年度予算案の説明(Budget Speech)において、商事紛争の早期解決のため、裁判所に商事専門部を設置することが触れられている。

 インド政府は、2015年4月末に、2015年商事裁判所、高等裁判所商事部及び商事上訴部法案(Commercial Courts, Commercial Division and Commercial Appellate Division of High Courts Bill, 2015)を議会に提出した。同法案は、商事裁判所や高等裁判所に商事部を設置すること等を定めた法案であるが、可決されないまま議会は閉会している。

 そこで、インド政府は、大統領令(ordinance)による解決を図った。すなわち、インド憲法上、議会両院が開会されている場合を除き、大統領が早急な行動をとらなければならない状況が存在すると判断する場合、必要とする大統領令を定めることができるとされており、この大統領令は、議会の定めた法律と同様の効力を有する。

 この憲法の規定に基づき、2015年10月23日に、2015年商事裁判所、高等裁判所商事部及び商事上訴部大統領令(Commercial Courts, Commercial Division and Commercial Appellate Division of High Courts Ordinance, 2015)が公布され、即日施行された。同大統領令に基づき、州政府が高等裁判所と協議の上、商事裁判所を設置することができ、一定の高等裁判所(デリー、ボンベイ、コルカタ、マドラス及びヒマチャル・プラデシュ各高等裁判所)は商事部を設置することができる。また、高等裁判所長官は、商事上訴部を設置する。

 これらの商事裁判所及び高等裁判所商事部は、所定額(1,000万ルピー以上で中央政府が定める額)の商事紛争を取り扱う。商事紛争の範囲は、通常の商取引や知的財産権から生じる紛争等、広汎にわたる。また、同大統領令には、書類提出時期や上訴期間の制限等の様々な時間的制限が設けられており、迅速な手続の進行に配慮されている。更に、同大統領令により、1908年民事訴訟法(Code of Civil Procedure, 1908)の一定の条項が改正されることとなるところ、訴訟遅延の理由は、裁判所の責任に帰すべきものだけではなく、訴訟当事者の不当な訴訟戦略や訴訟遅延策に帰すべきものもあることから、裁判所は、馬鹿げた請求を行った当事者や、合理的な和解案を不合理に拒否した当事者等に訴訟費用の負担を命じることができることとされた。加えて、書証開示やディスカバリーの手続等についても定められている。

 ただし、同大統領令の内容は、仲裁との関係等、必ずしも明確でない部分がある。また、上記のとおり、インド憲法上、上記大統領令は法律と同様の効力を有するが、議会開会から6週間以内にその承認を得なければならず、開会から6週間で大統領令は効力を失う。そのため、議会開会後、関連法案が承認されるか注視する必要がある上、州政府及び高等裁判所を含め、関連政府当局がどの程度迅速に同大統領令(及び議会で承認されれば関連法)を実際に執行するか、そして、執行されたとしても、実務的に実効的に商事裁判所等が運用されるか注視しなければならない。

 

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