◇SH0730◇アルゼンチン対外債務問題を巡る現況及び展望(上) 宮塚 久/田口祐樹(2016/07/11)

未分類

アルゼンチン対外債務問題を巡る現況及び展望(上)

西 村 あ さ ひ 法 律 事 務 所

弁護士 宮 塚   久

弁護士 田 口 祐 樹

 

1.  はじめに ~ アルゼンチン国債のデフォルト

 2001年12月、アルゼンチンは対外債務の支払一時停止を宣言した。その結果、世界各国の資本市場で発行されたアルゼンチン国債はいずれもデフォルト(債務不履行)となった。アルゼンチンは、2005年及び2010年には、デフォルトした旧債券を条件変更後の新債券と交換する旨の提案(エクスチェンジ・オファー)を世界規模で行い、90%以上の債権者がこの提案に応じた。

 しかし、交換後の新債券は、旧債券元本をカットする元本削減債やアルゼンチン法準拠のペソ建て債などで、償還期間が超長期にわたるなどアルゼンチンに都合のよい債券が多く含まれ、また、全債券の交換を完了するには至らなかったという問題点を抱えていた。そのため、アルゼンチンは、依然として海外の資本市場から資金を調達できず、国内の資金需要については紙幣の増刷で対応せざるを得なかったことから、長期にわたり年10%程度のインフレに苦しんでいたという。

 

2.  米国での状況

 米国では、デフォルト直後から多数の訴訟が提起されていたが、特筆すべきは、2007年以降、主にヘッジファンドがデフォルト債を買い集めて債権者団を構成し、その満額支払いを求めてアルゼンチンを提訴し、2014年6月にはアルゼンチンに対して返済を命じる裁判所の判決が確定した事件である。この米国における判決は、デフォルト債に規定されたパリパス条項(債権者間で返済の優先劣後を設けない旨の条項)を厳格に解釈し、デフォルト債の債権者に対して返済を行わない限り、エクスチェンジ・オファーを受け入れて新債券を取得した債権者への支払いが違法となる旨を判示して、アルゼンチンがニューヨークの銀行口座に送金していた資金の利用(新債券への利払い)を差し止めた。その結果、アルゼンチンは、原資を有しているにもかかわらず支払いを行えない、いわゆるテクニカルデフォルト状態となっていた。

 

3.  日本での状況

 日本では、1996~2000年に発行されたサムライ債(円建て債)のうち、元金ベースで約110億円が支払われないこととなっていたことから、2009年6月、管理会社である三菱東京UFJ銀行ほか2行が原告となり、アルゼンチンを被告として債券等償還請求訴訟を東京地裁に提起している。

 この訴訟の特徴は、原告である管理会社はアルゼンチン国債を保有しておらず、「債権者」ではないことである。民事訴訟は、自ら権利を有すると主張する者が自ら訴訟当事者となることを原則としており、他人の権利を訴訟で取り扱うことは、法令の根拠がない限り認められない(訴訟法的には「裁判を行う当事者適格がない」とされる)。この法令の根拠の一つが会社法705条1項である。同項は、「社債管理者は、社債権者のために社債に係る債権の弁済を受け、又は社債に係る債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する」と規定している。この裁判上の権限に基づき、社債管理者は、自ら社債権者でなくても、社債権者に代わって原告となり、社債権者のために社債の償還を請求できる。サムライ債もその構造は同じで、管理会社は、アルゼンチン国債の債権者に代わって自ら原告となり、裁判上その償還を請求できる旨の条項が「債券の要項」に規定されている。そのため、管理会社はこの条項(授権条項)を根拠として提訴に踏み切った。

 しかし、ここには、法律上の明示的な根拠がなかった。まず、アルゼンチンは国家であり会社ではないから会社法の適用はなく、また、類推適用もできないとされている。次に、我が国の資本市場のうちサムライ債のマーケット・ルールは契約と慣習によって成り立っている。サムライ債は、1970年代から銀行・証券会社その他の関係者の努力でそのスキームが確立され、これまで実に数十兆円もの資金が各国の政府、政府系公社、民間企業等によって調達されているが、外国政府・公社等が発行する債券を規律する法令の整備が難しいことと相俟ってか、「債券の要項」に明示的なお墨付きを与える法令は存在していなかった。これに加え、サムライ債は証券会社を通じて取引されるため、債権者は債券の保有にあたり「債券の要項」を目にすることはあっても管理会社とコンタクトすることはない。そのため、債権者から管理会社に対して提訴を授権する意思が表示され契約が成立したといえるのか、という疑問もあった。

 東京地裁に提訴されたアルゼンチンは、これらの点を争い徹底抗戦に出た。そして東京地裁(2013年1月28日判決)も東京高裁(2014年1月30日判決)も、訴訟追行権の授与があったとは認められず、当事者適格を認める合理的必要性もない旨を判示して管理会社の訴えを却下した。要は、提訴の資格がないとして管理会社に門前払いを食らわせたものであり、日本のデフォルト債に対する解決の糸口は見いだせないでいた。

 

4.  アルゼンチン新政権の誕生と最高裁判決

 しかし、2015年12月にマウリシオ・マクリ大統領による新政権の発足を契機として、アルゼンチンは従来の左派政権からの方針を転換し、国際的な資本市場への復活を目指し始めた。また、これと時機を同じくするかのように、最高裁判所は、2016年6月2日、管理会社の当事者適格を認める判決を出し、アルゼンチンの対外債務再編は新しい局面を迎えることとなった。

(つづく)

 

(注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。

タイトルとURLをコピーしました