メキシコの腐敗防止規制の概要(下)
西村あさひ法律事務所
弁護士 平 尾 覚
弁護士 梅 田 賢
弁護士 細 谷 夏 生
1. 近年の法改正の動向
(1) 腐敗防止関連法令の法改正
2016年7月、メキシコにおける腐敗防止体制[1]を強化するため、4つの新法[2]が制定され、3つの現行法が改正された。中でも、実務的影響が大きいと考えられるのは、2017年7月に施行が予定されている行政責任一般法(Ley General de Responsabilidades Administrativas)の制定である。
(2) 行政責任一般法の概要
(a) 贈賄に関する規定
行政責任一般法は、公共調達汚職防止法(Ley Federal Anticorrupción en Contrataciones Públicas)及び連邦公務員行政責任法(Ley Federal de Responsabilidades Administrativas de los Servidores Públicos)に代わるものであり、公務員及び民間人双方の行政上の義務及び責任について規定する。
同法は、贈賄を「重大な行政上の違反」(faltas administrativas graves)として定め、かかる「重大な行政上の違反」を犯した者を処罰対象とするほか、「重大な行政上の違反」が企業の利益のために企業を代理又は代表する者によって犯された場合には、当該企業も処罰対象とする。
「重大な行政上の違反」について責任が認められた場合、当該行為の結果得られた利益の2倍以下の制裁金[3]、公共調達の入札参加禁止(個人については3か月以上8年以下、法人については3か月以上10年以下)、連邦の公共経済に与えた損害に対する補償、さらに法人について営業停止、解散命令など、非常に厳しい罰則が定められている。
さらに、同法は、贈賄の定義を広く定めており、公務員に対する、直接又は第三者を通じた、当該公務員の職務又は他の公務員の職務に関連する行為又は不作為を対価とする、不正の利益の約束、申し出又は供与等が贈賄に該当するものとされている。
また、同法は、現行法と同様にファシリテーションペイメントに関する除外規定を設けていない。しかし、同法は、贈賄を行う側の意図を問題としておらず、不正の利益が公務員の職務等と対価関係に立っていれば贈賄に当たるとしている。これにより、贈賄行為が、公務員の立場や権限、利益提供の時期、金額の多寡といった要素により客観的に認定されるおそれもある。そのため、たとえば、公務員に対する接待及び贈答について、これらの要素を総合考慮し、公務員の作為・不作為の対価であると認められるおそれはないかについて留意する必要が生じ、メキシコに進出している日本企業は、接待や贈答に関する内規を改定し、従業員に対するコンプライアンス教育を行って、公務員に対する接待及び贈答禁止の徹底を図ることが必要となる。
(b) 内部統制システム
同法の大きな特徴は、企業の責任を判断する際、当該企業における内部統制システム(インテグリティ・ポリシー)の有無が考慮されることである。同法24条の規定を踏まえれば、企業が責任を軽減させるためには、少なくとも以下のような内容を含む指針の制定が求められると考えられる。
- ① 企業の指揮命令系統及び個々の部署の責任に関する明確かつ網羅的なマニュアル
- ② 適切な過程を経て設定され、全ての構成員に対して公開された行動規範
- ③ 定期的かつ継続的なコンプライアンスについての内部監査システム
- ④ 法及び内規に違反した者に対する、明確で平等な懲戒手続及び処分基準並びに内部通報制度
- ⑤ 構成員のコンプライアンス意識についての教育制度と調査体制
- ⑥ 構成員のコンプライアンス違反を防ぐための人事ポリシー
- ⑦ 企業の利害関係について透明性を保ち、適切に公表する制度
(c) リニエンシー
行政責任一般法は、公共調達汚職防止法と同様に、リニエンシーの制度を設けている。具体的には、法人は、不正行為について自ら報告し、また、当局の調査に協力することで、行政罰の軽減を受けることができる。また、個人の責任についても、当該個人が自ら違反行為を報告し、当局に協力することで、50%から70%の減刑を受けることができる。さらに、当該個人の一時的な公共調達等への資格停止についても、内部告発及び当局への協力によって免除され得る。
なお、法人において、内部で違反行為を把握していたにもかかわらず報告をしなかったことは、行政罰の加重要因となることにも注意が必要である。
2. その他の留意点
日本の企業がメキシコの公務員に対して贈賄行為を行った場合、メキシコ法のみならず、日本の不正競争防止法上の外国公務員贈賄罪の適用対象となる[4]。日本の不正競争防止法については、経済産業省が2015年7月30日に外国公務員贈賄防止指針を改定したほか[5]、日本弁護士連合も、2016年7月15日に海外贈賄防止ガイダンス(手引)を公表した[6]。今後の社内規程の策定等の対策を行う場合には、これらの内容も踏まえて検討する必要がある。
さらに、贈賄行為が行われた場所や贈賄の方法、企業のビジネス拠点によっては、米国のForeign Currupt Practices Act(FCPA)や、英国のBribery Actの適用対象となる可能性もある。特に米国FCPAについては、日本企業も、多額の罰金を科された事例もあることから、慎重な対応が必要である[7]。
以上のとおり、メキシコの腐敗防止法令については変革期にあり、新法の施行時期及び今後の運用については注意を要する。さらに、日本企業がメキシコにおいて腐敗防止法令に違反した場合、その影響はメキシコ法による処罰の問題に留まらないことも留意が必要である。
以 上
- (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。
[1] メキシコにおける現行の腐敗防止体制については、「◇SH1013◇メキシコの腐敗防止規制の概要(上) 平尾覚 梅田賢 細谷夏生(2017/02/13)」を参照されたい。
[2] 行政責任一般法の他、国家腐敗防止システム一般法(Ley General del Sistema Nacional Anticorrupción)、連邦政府監査透明化法(Ley de Fiscalización y Rendición de Cuentas de la Federación)、連邦行政裁判所基本法(Ley Orgánica del Tribunal Federal de Justicia Administrativa)が制定される。また、連邦検察基本法(Ley Orgánica de la Procuraduria General de la Republica)、連邦刑法(Código Penal Federal)、連邦行政事務基本法(Ley Orgánica de la Administración Pública Federal)が改正される。
[3] 獲得した利益がない場合は、個人についてUMAの100倍から15万倍、法人についてUMAの1000倍から150万倍の制裁金が科され得る。
[4] 不正競争防止法第18条第1項において、「何人も、外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、その職務に関する行為をさせ若しくはさせないこと、又はその地位を利用して他の外国公務員等にその職務に関する行為をさせ若しくはさせないようにあっせんをさせることを目的として、金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。」とされている。
[7] なお、米国FCPAや英国Bribrey Actの域外管轄については、木目田裕「米国FCPA(外国公務員贈賄防止法)や英国Bribery Actの域外管轄」(西村あさひ法律事務所 危機管理ニューズレター2015年5月号。https://www.jurists.co.jp/sites/default/files/newsletter_pdf/ja/newsletter_201505_crisis.pdf)も併せて参照されたい。