日本企業のための国際仲裁対策(第4回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第4回 仲裁手続に関する基礎知識(3)―仲裁機関その1
1. 概要
第2回で述べたとおり、仲裁手続には、ICC(国際商業会議所)、AAA(アメリカ仲裁協会)、LCIA(ロンドン国際仲裁裁判所)、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)、HKIAC(香港国際仲裁センター)、JCAA(日本商事仲裁協会)といった仲裁機関を用いるもの(機関仲裁と言われる)と、仲裁機関を用いないもの(アドホック仲裁と言われる)とがある。すなわち、仲裁機関は、仲裁手続にとって必須のものではない。
これに対し、仲裁廷ないし仲裁人は、仲裁手続において必須である。仲裁廷ないし仲裁人と、仲裁機関との関係には分かりにくい面があるかもしれないが、ここに根本的な違いがある。仲裁廷ないし仲裁人は、仲裁手続における審理を行い、仲裁判断を行う主体であり、これなくして仲裁手続は存在し得ない。なお、仲裁廷と仲裁人の関係であるが、仲裁人の人数が1名の手続であればその仲裁人が仲裁廷と同義であり、仲裁人が複数名の手続であれば、その複数名の仲裁人の合議体が仲裁廷である(仲裁法2条2項参照)。
仲裁機関の役割については、後記2. においてより具体的に述べるが、ひと言で述べるならば、仲裁手続に関する様々な支援ないしサービスの提供である。また、その一環として、仲裁機関は、仲裁手続に関する規則をそれぞれ定めている。仲裁手続の当事者は、仲裁機関を利用すれば、その規則に従って手続を進めることができ、別途、手続の進め方に関して定める必要がなくなる。
もっとも、仲裁機関を用いないアドホック仲裁の場合も、国際連合国際商取引法委員会が定めた仲裁鉄続に関する規則(UNCITRAL規則)を一括して用いることが多く、必ずしも当事者が一つ一つ手続の進め方を定めるということではない。
仲裁機関を用いないアドホック仲裁の場合、仲裁機関が通常果たしている役割を、仲裁地の裁判所が果たすことがある(仲裁地の意義については、次回(第5回)において解説する)。例えば、仲裁人の選任につき当事者が合意できないときに、裁判所が仲裁人を選任する(仲裁法17条3項から5項参照)。
以上のとおり、仲裁機関は仲裁手続にとって必須のものではないものの、仲裁機関の存在によって、様々な支援ないしサービスが得られるという一定の安心感があることと、仲裁機関を排除する特段の理由も通常はないことから、仲裁機関を用いる機関仲裁の方が一般的である。
2. 仲裁機関の役割
以下、仲裁手続の流れに即して、仲裁機関の役割について説明する。
まず、申立人による申立書の提出は、仲裁機関宛てに行われる。申立書(写し)の被申立人への送付は、ICC及びJCAAの場合は仲裁機関によって行われるが、AAA、LCIA、SIAC及びHKIACの場合には、申立人が直接被申立人に申立書(写し)を送付する。
次に、仲裁人が選任される前の段階で、管轄の有無、すなわち仲裁合意の存否が[1]、被申立人によって争われることがある。仲裁機関によっては、その判断を仲裁機関が行う。但し、仲裁機関が判断するのは、一見して明らかに仲裁合意がないと言えるか否かというレベルの判断であり(prima facieと言われる基準である)、踏み込んだ検討は行わない(例えば、ICC規則6.4項)。踏み込んだ検討が必要な場合には、仲裁機関は手続を進めることとなり、仲裁人が選任された後に、仲裁人によって、仲裁合意の存否が詳細に検討されることになる。
仲裁機関の最大の役割とも言いうるのが、仲裁人の選任である。上訴がない仲裁手続において、仲裁人の判断は絶対的とも言いうるものであり、誰が仲裁人に選任されるかは、当事者にとって極めて重要な意味を持つ。仲裁人を当事者が合意により選任できれば、仲裁機関の出る幕はないが、仲裁手続に至るまでの争いとなっている状況では、仲裁人の選任につき当事者間で合意できないことが多い[2]。そこで、仲裁機関が、仲裁人を選任することとなる。
仲裁機関はそれぞれ仲裁人候補者のリストを持っており、その中から仲裁人を選任することが通常である。優れた仲裁人のリストを持っているか否かが、仲裁機関の実力の重要な指標と言える。
なお、仲裁人の人数は通常1名又は3名であるが、この点について当事者が合意できない場合につき、HKIACの場合には、人数を1名又は3名にするかを仲裁機関が決める(HKIAC規則6.1項)。他の仲裁機関は、基本的に、当事者間で合意ができない場合には、仲裁人の人数を1名としている(例えば、ICC規則12.2項。但し、例外的に仲裁機関の判断で、3名とする余地も残されている)。
仲裁人が選任された後は、審理は仲裁人が中心となって進められるため、仲裁機関の役割は後退する。但し、仲裁人の忌避が申し立てられた場合の判断や、仲裁人が職務を続けられなくなった場合の仲裁人の交代手続は、仲裁機関によって行われる(例えばICC規則14項及び15項)。
また、仲裁人に対する報酬支払等、費用面の管理は、仲裁機関が行う。
主張書面や証拠の写しは仲裁機関にも送付され、仲裁人と当事者間の電子メールのやり取りについても、CCとして仲裁機関にも送付することが求められる。このようにして、仲裁機関は、仲裁手続が円滑に進行していることを、確認する。
ICC及びSIACにおいては、仲裁機関が、仲裁人による仲裁判断案のレビューを行う(ICC規則33項、SIAC規則31.3項)。これは、仲裁判断が当事者に示される前のドラフト段階で、問題がないかを仲裁機関が確認するというものである。仲裁判断の中身には立ち入らず、形式的な誤り等がないかを仲裁機関が確認するというものであるが、仲裁判断の中身に関するポイントについて、仲裁機関が仲裁人に注意喚起をすることは可能である。
仲裁判断は、仲裁人から直接当事者に送付されるのではなく、仲裁機関から当事者に送付される。最初に電子メールで送付され、原本が追って郵送されることが通常である。
重要な案件の仲裁判断については、適時開示の問題が生じるため、依頼をすれば、仲裁機関が、仲裁判断の送付日時について事前連絡をしてくれることがある。この場合、突然仲裁判断が送付され、慌てて適時開示をするといった事態は避けることができる。
また、仲裁判断の送付時刻について、例えば証券取引所での取引が終了した後にするなどの要望を仲裁機関にすることができ、この時刻につき当事者間に異論がなければ、これに仲裁機関が応じてくれることもある。
以 上
[1] 第3回で述べたとおり、仲裁合意なくして仲裁手続はなく、換言すれば、仲裁手続の管轄の根拠は仲裁合意しかない。そのため、仲裁手続においては、管轄の有無の争いは、仲裁合意の有無に収れんされる。
[2] 但し、当事者の合意によって仲裁人を選任することが求められるのは、基本的には、仲裁人が1名の場合である。仲裁人が3名の場合は、各当事者がそれぞれ1名ずつ仲裁人を選任し、ここで選任された2名の仲裁人が協議の上、3人目の仲裁人を選任することが基本となる。したがって、仲裁人が3名の場合は、仲裁機関によって仲裁人が選任される場面は、仲裁人が1名の場合よりも、限られることになる。