冒頭規定の意義
―典型契約論―
典型契約に対する消極的評価へのコメント(1)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
3 典型契約に対する消極的評価へのコメント
1. 近時の流れ ―消極的評価から積極的評価へ―
本稿は、大村敦志『典型契約と性質決定[1]』によって大きく切り拓かれた地平―典型契約を積極的に評価する流れ[2]―の中の何処かに位置付けられるべきものであろう。
ただ、近時の「典型契約論」は、典型契約を積極的に評価する流れとはいいつつも、やや抽象的なレヴェルにおける議論となっており[3]、消極的な評価を行う来栖三郎・鈴木祿彌博士等の個別の記述に批判的なコメントが加えられているわけではない。しかし、典型契約に関する議論においては、出来る限り抽象論は避け、個別具体的な内容に即して、コメントがなされるべきであろう。以下では、これまでの本稿の検討を踏まえ、特に大きな違和感を感じる来栖三郎・鈴木祿彌博士の記述について、個別にコメントしたい。
2. 来栖三郎博士の記述へのコメント
(1) 契約各則の規定の性質
【来栖三郎博士の記述(1)】
「それではその典型契約に関する民法典の規定の性質はというに、おおむね、任意規定である。ただし、強行規定とされているものも少しはある。例えば――などがある。しかし大部分は任意規定である[4]。」
【本稿からのコメント(1)】
「強行規定か任意規定か」という従来の枠組みでは、我が国の社会における冒頭規定の要件の一定の安定性を説明することができない。本稿では、「リスクの高低」という尺度を用いたときに、冒頭規定のリスクが「高い」と捉えられることを示した。また、来栖博士が強行規定として5カ条を挙げるのに対し、本稿では、「よくわからない規定」(裁判所が強行規定と解するか任意規定と解するかよくわからない規定)として、明治期のある時期まで法文上強行規定と明記されていた27カ条を挙げ、これら27カ条のリスクも任意規定より「高い」(無効という制裁が課される可能性がゼロではない)ことについて検討した。
この結果、契約各則の各規定は、「リスクの高低」という尺度に基づき、①冒頭規定(リスク:高)、②よくわからない規定(リスク:高)、③任意規定(リスク:低)の3つのいずれかに分類される(「ポイント(17) (18) (19) (20)」)。
(2) 典型契約への該当性
【来栖三郎博士の記述(2)】
「従ってある契約が例えば雇傭とか請負とか委任とかの特定の典型契約に属するということは623条、632条又は643条(656条)に定めた雇傭、請負又は委任の概念に該当するというだけのことであって、当然に雇傭、請負又は委任に関する624条ないし631条、633条ないし642条又は644条ないし655条の規定が適用され、またそれだけしか適用されないという意味まで持つのではない――。延いては、或る契約が民法典所定のどの典型契約の概念に包摂されるかということはその契約より生ずる法律関係を処理する上にたいして意味がない[5]。」
【本稿からのコメント(2)】
この来栖博士の記述中の、「或る契約が――どの典型契約の概念に包摂されるかということは――たいして意味がない」との記述が大きな問題を含んでいることは明らかであろう。
冒頭規定を通じて、契約書の中には、リスク(=何らかの制裁が課される可能性)が持ち込まれる。別の言葉でいえば、各典型契約の契約書は、それぞれが、さまざまな制裁を課される可能性を有している。例えば、金銭消費貸借契約書の作成に際しては、「懲役・罰金・過怠税・無効」(表1(金利規制の構造)を参照)、請負契約書の作成に際しては、「過怠税・無効」等の制裁を課される可能性がある。こうしたリスクは、典型契約それぞれについて多様であるがゆえに、ある契約がどの冒頭規定の要件に該当するかは、極めて重要である(「ポイント(4) (5)」)。そして契約書作成者は、(制裁を回避するために、)ある契約が「典型契約のどれかにあてはまるのではないか」との意識を常に持つ必要がある(「ポイント(15)②」)。
こうした本稿での検討を踏まえれば、「ある契約がどの典型契約の概念に包摂されるかはたいして意味がない」旨の見解は、まったくの間違いであり、契約書作成の際に考慮すべきリスクの多様性ゆえに「ある契約がどの典型契約に該当するかの検討は、大きな意義を有する」ということになろう。
(3) 混合契約
【来栖三郎博士の記述(3)-1】
「――ある典型契約の構成分子を包摂するが完全にその典型契約と一致せず、異なる構成分子をも包摂している契約を混合契約ということがある。――いずれにしても、混合契約か狭義の無名契約かをやかましくいう実益の乏しいことには変りはない。――別の例を採れば、ホテル・旅館宿泊契約は賃貸借に、売買とか、あるいはさらに請負・寄託・委任などが結び合わされた混合契約だと説明されることがあるが、賃貸借に関する規定の適用されることは意外に少ないということであれば、これを賃貸借の構成部分をもった混合契約といっても益のないことであろう――[6]。」
【来栖三郎博士の記述(3)-2】
「しかし、混合契約と狭義の無名契約の区別の要否はともかく、無名契約(広義の無名契約)をどれかの典型契約に入れてしまうのは無理であり、無用であり、契約事実をゆがめて取り扱うことになるおそれがあるので有害でさえある。そのことはりくつとしては誰も否定しないが、それにもかかわらず具体的に契約を取り扱う場合には、ややもすると、その契約をどれかの典型契約に入れようと苦心する傾きがないではなかった。例えば、出版契約を請負契約とか賃貸借契約とかとみようとする説である[7]。」
【本稿からのコメント(3)】
混合契約論についても、「当事者の合意による変更・排除がどの程度まで可能か」との観点からの検討が重要である。例えば、一定の役務を提供する契約は、「一方が仕事の完成を約し、他方がその結果に報酬を支払う」との要件に該当することが多く、印紙税法上の「請負」であることを合意で変更・排除することは難しい(3倍の過怠税を課されるリスクが高まる)(「ポイント(7)」)。同様に、冒頭規定(消費貸借:民法587条)の要件に則った契約が、出資法等の適用対象とする金銭消費貸借に該当することを、合意によって変更・排除することは難しい(「ポイント(9)」)。その意味で、当該契約は「部分的にせよ、ある典型契約たらざるを得ない」ことになり、混合契約論においても、この点を出発点にする必要がある。出版契約が、「仕事の完成」と「結果に報酬」を内容とするものであれば、(少なくとも部分的には)その契約は「請負契約」とならざるを得ない。
[2] この「典型契約を積極的に評価する流れ」は、時期的に先行する河上正二「契約の法的性質決定と典型契約―リース契約を手がかりにして―」加藤一郎先生古稀記念『現代社会と民法学の動向(下)』(有斐閣、1992)277頁以下を嚆矢とするといってよいだろう。
[3] この点を指摘する論稿として、小粥太郎「典型契約の枠組み」法時86巻1号(2014)45頁以下を参照。