日本企業のための国際仲裁対策(第20回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第20回 国際仲裁手続の序盤における留意点(14)-仲裁人の選任等その5
6. 仲裁人を選ぶ上での考慮要素
(1) 仲裁人候補者について検討をする必要性
前回(第19回)、仲裁人となるための資格・要件について解説した。今回は、この資格・要件を満たす者の中から、誰を仲裁人とするべきかという点につき、考慮するべき要素について解説する。
誰が仲裁人になるかは、第16回で述べたとおり、極めて重要な意味を持つ。
また、仲裁人の選任手続に、各当事者が関与できるというのが、国際仲裁における基本的なルールである。すなわち、第17回で述べたとおり、仲裁人が3名の場合には各当事者が1名ずつ仲裁人を指名することができる。仲裁人が1名の場合には、誰を仲裁人とするかについて当事者間で協議がまとまれば、基本的にその者が仲裁人となり、協議がまとまらない場合も、仲裁機関が仲裁人を選任する際に、各当事者の意見を考慮する。このようにいずれの場合にも、誰を仲裁人とするべきかについて、各当事者が考えを示すことが予定されている。
したがって、仲裁手続の当事者としては、誰が仲裁人となるべきかにつき検討をすることが、重要な作業となる。
仲裁人を選ぶ上で考慮するべき要素であるが、一般的なものとして、以下の項目がある。
(2) 弁護士、学者、非法律家のいずれを選択するか
前回述べたとおり、仲裁人となるために弁護士資格は必須のものではないものの、大半の場面において、仲裁人として選任されるのは弁護士である。仲裁手続においては、様々な法的な判断が求められるため、法律の専門家である弁護士を仲裁人とすることは落ち着きが良い。
法律の専門家としては、法学者もおり、これを仲裁人とすることもある。特に法律論が主要な争点である案件であれば、法理論研究の専門家である法学者を仲裁人とすることに合理性がある。但し、法学者を仲裁人とすることについては、一般論として、法理論に過度に着目して、当該案件の事実関係を踏まえずに、バランスの悪い判断をするリスクがあると言われている。もっとも、仲裁人や代理人弁護士としての経験を十分に有する法学者等、この懸念が当てはまらない法学者も考えられ、そのような法学者は有力な仲裁人候補者である。
また、非法律家であるエンジニア等を仲裁人とすることもある。非法律家は、技術的な事項や、あるいは業界特有の慣行等について深い理解があり、これらに関する適切かつ効率的な判断をすることが期待できる。
但し、上記のとおり仲裁手続には様々な法的判断が求められるため、仲裁人が全て非法律家という状況は、通常は避けられている。したがって、非法律家が仲裁人となるのは、通常は、仲裁人が3名の場合で、そのうち少なくとも一人は法律の専門家とし、残り一名又は二名が非法律家という場合である。
また、専門的知見を確保する方法としては、第18回において述べたとおり、専門家証人を各当事者が確保し、その尋問を行うという方法もある。したがって、技術的な事項等が問題となる事案においても、技術的な事項等の専門家を仲裁人とすることは、必須ではない。そのため、上記のとおり、大半の場面において弁護士が仲裁人となっている。
もっとも、上記のとおり、弁護士以外の選択肢もあるため、事案毎に、仲裁人を弁護士とするべきか、弁護士以外とするべきかを検討することになる。
(3) 仲裁人としての一般的な能力
考慮要素として、仲裁人としての一般的な能力の高さ、より具体的には、仲裁手続を適切に取り仕切り、事実を正確に把握し、法律を的確に適用し、バランスのとれた結論を導くといった能力の高さが挙げられる。
但し、案件の依頼関係でもない限り、この能力の高さを直接把握することは通常は困難であり、他方において、一方当事者との間で案件の依頼関係があるような場合には、利益相反があるとして、仲裁人の資格を欠くとされる可能性もある。そのため、多くの場合、外形的な事項、例えば、仲裁人としての実績ないし経験、評判に着目して、仲裁人としての一般的な能力を判断することになる。また、この点に関連することとして、仲裁に関連する団体で要職を務めていることや、執筆や講演の実績を検討することも考えられる。
(4) 当該事案において求められる専門性等
対象事案に着目して、該当分野に通じているか否かという点も考慮要素となる。例えば、企業買収(M&A)を対象とする事案であれば、企業買収の分野に通じている(当該分野の慣行ないし経験則を理解している)か否かという点がある。
争いの対象となる権利関係の準拠法も、考慮要素となる。一般的にはその準拠法の弁護士又は学者が仲裁人にふさわしいと言え、例えばシンガポール法が準拠法であれば、シンガポール法の弁護士又は学者が仲裁人にふさわしいと言える。但し、法律の基本的な考え方は各国で共通していることが多く、第6回において述べたとおり、準拠法がいずれの国の法律であるかによって結論が左右されることは、必ずしも多くはない。そのため、準拠法の点は必ずしも絶対的ではなく、考慮要素の一つという位置づけである。実際、準拠法と異なる国の弁護士が仲裁人を務めることは、珍しいことではない。
(5) 多忙さ
多忙すぎる者を仲裁人とすると、迅速な応答が得られない、ヒアリングの日程を設定し難いといった支障が生じ、手続の遅延につながり得る。
また、多忙すぎてその仲裁手続に十分な時間を避けないとなると、主張及び証拠を正確に理解し、適切な判断に至ることも危ぶまれる。
そのため、多忙さは、重要な考慮要素である。
(6) コスト
仲裁人の報酬を使用時間に応じて支払う時間報酬制の場合、その時間単価によって、報酬額は変動する。そのため、各候補者の時間単価は、一つの考慮要素となる。
また、仲裁人の報酬を請求金額に応じて定めることもあるが、その場合、そのような定めには応じない仲裁人候補者もある。仲裁人の報酬を請求金額に応じて定めることを希望する場合には、これに応じる候補者か否かが考慮要素となる。
もっとも、仲裁人の報酬は、仲裁手続全体のコストの中で大きな割合を占めるものではなく、通常は、決定的な意味までは持たない。
(7) 所在地
仲裁人の所在地は、ヒアリングの場所に影響を及ぼし得る。なぜなら、当事者間の合意によってヒアリングの場所が定まっていない場合には、仲裁人によって決められるところ、その際の考慮要素としては、各当事者からのアクセスの良さのほか、仲裁人自身からのアクセスの良さも考慮要素となるからである。
また、仲裁人の所在地と、日本あるいは代理人弁護士の所在地との間に大きな時差がある場合には、電話会議の設定が、大きな時差がない場合と比べ難しくなる。
このように、仲裁人の所在地は、手続の進行に影響を及ぼしうるため、考慮要素となる。
(8) 国籍
仲裁人は、一般に、出身国の裁判手続の影響を受け、これに類似する方法で仲裁手続を進める傾向にあると言われている。例えば、米国人の仲裁人は一般的に、ディスカバリーないし証拠収集を、より広い範囲で認める傾向にあると言われている(米国の民事訴訟において、広範なディスカバリーが認められていることの影響と考えられる)。そのため仲裁人の国籍は、一つの考慮要素になる。
なお、仲裁人が1名である場合の仲裁人(単独仲裁人、sole arbitrator)と、仲裁人が3名である場合の3人目に選任される仲裁人(仲裁廷の長たる仲裁人、presiding arbitrator)については、前回述べたとおり、いずれの当事者とも異なる国籍とされることが一般的である。
余談ではあるが、近年、仲裁人の選任につき、多様性(diversity)を確保しようとする動きがある。例えば、女性が仲裁人として選任される機会を増やそうとする取組みがある[1]。現時点では、この多様性の観点から、仲裁人の国籍が問題とされることは多くはないが、将来的には、多様性の観点がより重視される可能性も考えられる。
(9) 法的見解等
当事者の率直な希望としては、自らに有利な判断をしてくれる可能性が高い者を、仲裁人としたい。もっとも、仲裁人となった場合に最終的にどのような判断をするかを、確定的に把握する術がある訳ではない。
現実的に可能なこととしては、仲裁人候補者が論文等を執筆している場合に、その見解の傾向、換言すれば重視する価値観を把握することがある。そこから、自らに有利な判断をしてくれる可能性を予測し、これを仲裁人を選ぶ上での考慮要素とすることが考えられる。
(10) 仲裁廷の中での影響力(仲裁人が3名の場合)
仲裁人が3名の場合、各当事者が1名ずつ仲裁人を指名することになる。その指名の際に各当事者が考慮するべきこととして、その者が指名された場合、3名により構成される仲裁廷の中で影響力を持ちうるかという点がある。他の2名の仲裁人から軽視されるような者を指名することは、最終的な仲裁判断への影響力が少ない者を指名することを意味するため、避けるべきことである。
仲裁廷の中で影響力を予測する方法として、他の2名の仲裁人がどのような属性の者になるかを予測することが考えられる。この属性の視点としては、国籍や文化圏、特に大陸法系(civil law)であるか、それとも英米法系(common law)系であるかという視点がある。また、弁護士か、学者か、非法律家かという視点もある。一般的には、このような属性が2名につき共通で、1名が異なる場合には、仲裁廷の中で、その2名の影響力が強くなり、異なる1名の影響力が弱くなると言われている。
もっとも、上記のとおり、法律の基本的な考え方は各国で共通していることが多く、準拠法がいずれの国の法律であるかによって結論が左右されることは必ずしも多くはないため、国籍や文化圏の差異が、仲裁廷での影響力に直結するとは限らない。また、非法律家が仲裁廷の中で1名だけである場合には、かえって、その1名の専門分野(技術的な事項等)については、その1名の影響力が極めて強くもなりうる。
仲裁廷の中での影響力は、このように一概には決まりがたく、予測が困難な面があるが、重要な点ではあるため、考慮するべき事項である。
以 上