◇SH0966◇メキシコにおける労働紛争手続に係る憲法改正案 梅田賢(2017/01/16)

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メキシコにおける労働紛争手続に係る憲法改正案

西村あさひ法律事務所

弁護士 梅 田   賢

1. はじめに

 近時多くの日本企業がメキシコに進出する中、メキシコ人の従業員を抱える日系企業にとって、労働問題は重要な懸案事項である。他方で、メキシコ憲法第123条は、労働者の保護を目的とした、非常に詳細な規定を定めており、メキシコの連邦労働法(以下、「労働法」という。)を含め[1]、メキシコの労働法制は労働者保護に厚いことで知られている。

 そして、現行のメキシコ憲法において、労働紛争解決のためには調停・仲裁委員会(Juntas de Conciliación y Arbitraje)を利用しなければならない旨が定められているところ、エンリケ・ペニャ・ニエト大統領は、2016年4月28日に、調停・仲裁委員会に関する規定を含むメキシコ憲法107条及び123条の改正案(以下、「本憲法改正案」という。)を提出し、同年10月13日に、本憲法改正案がメキシコ連邦国会の上院によって承認され、さらに11月4日に下院によっても承認された。

 今後、州議会の過半数の承認により、本憲法改正案が成立した場合、これまで労働紛争解決手段として利用されてきた調停・仲裁委員会が廃止され、労働紛争については新たに設置される調停センター及び労働裁判所を通じて解決されることとなる。

 そこで、本稿では本憲法改正案の概要について、現行制度の概要と併せて紹介する。

 

2. 現行制度と本憲法改正案の概要について

(1) 現行制度

 現行のメキシコ憲法上、労働者と雇用者の雇用関係から発生する全ての労働紛争は、連邦及び州に設置される行政機関である調停・仲裁委員会において取り扱われるものとされている[2]。調停・仲裁委員会は、政府(連邦又は州)、労働者組織及び使用者組織の各代表から構成され、当事者間で調停手続による和解が成立しない場合は、仲裁が行われることになる。

 さらに、仲裁判断に不服がある場合には、判断が下されてから15日以内に、アンパロ(Amparo)といわれる憲法違反を理由とする保護請求の制度を通じて裁判所に提訴することが可能である。

 また、現行のメキシコ憲法上、調停・仲裁委員会は、上記のような紛争解決機関としての役割の他、労働者によるストライキを行う際の事前通知先、雇用者がロックアウトを行う際の事前承認先としての役割を担っている。

 さらに、法律上も、調停・仲裁委員会は、工場閉鎖、生産縮小などに伴う人員の整理、削減に際しての、通知先及び承諾の取得先とされているほか、雇用者と労働組合との間の労働協約の提出先、就業規則の寄託先とされている。

(2) 改正後の調停・仲裁委員会の廃止と新たな調停機関の設置

 上記のとおり、従前は、雇用者と労働者との間の労働紛争については、調停・仲裁委員会によって判断が下されていたものの、本憲法改正案が成立した場合、調停・仲裁委員会が廃止され、新たに労働紛争解決機関として、連邦及び州に労働裁判所が設置されることとなる。

 これにより、現行憲法下においては、労働者は、雇用者と労働者との間の紛争が生じた場合、アンパロによる場合を除いては行政機関である調停・仲裁委員会を通じて解決されてきたところ、今後は、司法機関による紛争解決が可能となる。

 また、訴訟の前提条件として、労働紛争に際しては、行政機関である調停センターにおいて調停を試みる必要がある。当該調停センターは州に設置され、連邦においては、新たに設置される独立した行政機関が調停センターとしての役割を担うことになる。

 なお、本憲法改正案が成立した場合、上記の労働紛争に関する手続以外に、労働組合等に関する事項も変更される点にも注意が必要となる。

 まず、調停・仲裁委員会の廃止に伴い、今後は、上記の連邦に設置される行政機関が、労働協約や労働組合の登録等の手続を行うことになる。

 また、労働協約の締結を目的としたストライキを行う場合、労働組合は、労働当局に対して、労働者の意思を反映していることを証明すること等が必要となる。

 その他、本憲法改正案が成立した場合、労働者の権利保護の観点から、労働組合の代表選挙等の労働組合における意思決定プロセス等に関し、労働者による自由投票、直接投票及び秘密投票が保証されることとなる。

 以上のとおり、本憲法改正案が成立した場合、これまでメキシコにおいて採られてきた労働紛争に係る手続を含め、現行の制度が大きく変更されることになる。もっとも、上記のとおり、本稿執筆時点において、本憲法改正案について、憲法改正に必要となる州議会の承認手続が完了していない。また、当該憲法改正が成立した後は、当該改正に応じた大幅な労働法の改正手続が必要となる。したがって、最終的なメキシコ憲法及び労働法の改正内容については引き続き注視する必要がある。

以 上

 

(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。

 


[1] メキシコにおける連邦労働法の概要については、◇SH0676◇メキシコ労働法の基礎 梅田 賢を参照されたい。

[2] 管轄は産業や会社の態様等に応じて決められ、例えば、①繊維、電力、鉱業、金属、ゴム、砂糖等の産業、②連邦により管理等されている会社、③連邦との契約又はライセンスを必要とする事業を行っている企業、④メキシコ国内の2つ以上の州に影響のある事項、及び⑤メキシコ国内の2つ以上の州で強制力のある労働協約等に係る労働紛争については、連邦の管轄とされる。

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