◇SH1105◇企業法務への道(3)―拙稿の背景に触れつつ― 丹羽繁夫(2017/04/11)

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企業法務への道(3)

―拙稿の背景に触れつつ―

日本毛織株式会社

取締役 丹 羽 繁 夫

《龍田節先生と龍田ゼミ》

 法学部のゼミは、大学紛争が終焉し、法学部の講義が再開された1969年9月から開始された。私が龍田ゼミを選択したのは、①ゼミ生が少人数であること、②会社法のゼミであること、③指導教官となる先生が若いこと、という3つの要件を満たしているからであった。幸い、我々8名は第一期の龍田ゼミ生として参加が許された。ゼミが開始された時点では、龍田先生は学部での講義をまだ持たれておらず、先生は翌70年4月に助教授から教授に就任された。1970年度の商法講義は、会社法を大森忠夫教授、商法総則・商行為法、手形法・小切手法を上柳克郎教授、海商法・保険法を川又良也教授が担当されたので、我々第1期生は、残念ながら、龍田先生より会社法講義の薫陶を受けることは叶わなかった。

 第1期の龍田ゼミでは、講義では学びにくく且つ学生の理解が及びにくいテーマとして、前半は上場有価証券のディスクロージャー制度が、後半は会社の計算に係わる諸問題が取り上げられた。私は、前半の分担として、証券発行時の有価証券届出書の体系について、後半の分担として、剰余金の資本組入れについて、竹内昭夫教授の同名の著書[1]を基に報告した。株式会社の仕組みを理解しているとは到底言いかねる状況であったので、報告した内容の記憶はないが、先生からの質問に大いに汗をかいたことのみを記憶しており、また、議論(Debate)の重要性を教えられた。なお、このゼミには、当時助手をされていた森本滋教授も参加されていた。

 1970年の夏休みであったか、先生が上場会社の有価証券報告書を整理されるのを2日程お手伝いしたことがあった。昼食をご一緒させて戴いた折に、先生が、当時三菱倉庫の社長をされていた大住達雄氏に触れられたことがある。私は当時既に日本長期信用銀行への就職が内定していたが、企業に身を置きながらも、専門誌に自らの見解を表明し続けている大住氏のような大先輩がいることを銘記しておいて欲しいとの、激励であったと思う。昨今、企業に身を置くものからの専門誌への見解の表明が激減している中で、私は、先生のこの話を時に想起しつつ、企業社会からみて重要と思われる判例の評釈を通して、細々とではあるが、実務家の視点から専門誌へ寄稿してきた。まだまだ大住氏がなされたレベルに及び得ないが・・・(この稿は、龍田先生が日本学士院会員に選任された2009年に発行された、京都大学法学部龍田会会報誌『龍のおとしご』同年9月特別号に寄稿したものに加筆修正したものである)。

 三菱倉庫については、後日、私が日本長期信用銀行に1971年4月に入行して4年後の1975年8月から1977年12月の間、同行本店融資第四部で、同社向け設備資金・長期運転資金の貸付を担当した、というご縁ができた。



[1]竹内昭夫 『剰余金の資本組入』(東京大学出版会、1962年)。

 

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