◇SH1115◇最一小決 平成28年3月31日 詐欺、証拠隠滅被告事件(池上政幸裁判長)

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 本件は、被告人が、①共犯者と共謀の上、生活保護費を不正受給して騙し取った、という詐欺事件のほか、②共犯者と共に警察署を訪れ、警察官らと意を通じ、知人の暴力団員が覚せい剤を所持しているのを目撃した旨の共犯者を供述者とする内容虚偽の供述調書を作成して証拠を偽造した、という事案である。

 本件において、弁護人は、証拠偽造の事実について、参考人の虚偽供述に基づき供述調書が作成された場合、捜査官の知情に関わらず証拠偽造罪は成立しない、などと主張したため、参考人の捜査官に対する虚偽の供述に基づき供述調書が作成された場合に証拠偽造罪が成立するかが争点となった。

 

 従前から判例は、参考人の虚偽供述自体について、証拠資料である供述は「証拠」といえないとの理由から証拠偽造罪の成立を否定してきた。

 しかし、平成7年及び平成8年の2件の千葉地裁判決(千葉地判平成7・6・2判時1535号144頁、判タ949号244頁及び千葉地判平成8・1・29判時1583号156頁、判タ919号256頁)が、参考人の虚偽供述に基づき供述調書が作成された事案について、物理的存在(証拠方法)である供述調書が作成されても証拠偽造罪は成立しないとしたことを切っ掛けに、前記の争点について、様々な学説が唱えられるようになった。具体的には、①消極説、②虚偽供述が行われたにとどまる場合や供述調書が作成された場合には証拠偽造罪は成立しないが、自ら内容虚偽の供述書、上申書等を作成した場合には同罪が成立する、とする供述書限定説、③虚偽供述が供述調書等の書面に転化すれば「証拠」を偽造したといえるとし、証拠偽造罪の成立を認める書面限定説、④積極説と見解は大きく分かれている状況にあった。

 

 本決定は、まず「他人の刑事事件に関し、被疑者以外の者が捜査機関から参考人として取調べ……を受けた際、虚偽の供述をしたとしても、刑法104条の証拠を偽造した罪に当たるものではないと解されるところ……、その虚偽の供述内容が供述調書に録取される……などして、書面を含む記録媒体上に記録された場合であっても、そのことだけをもって、同罪に当たるということはできない」との基本的立場を明確にした。その背景には、「証拠」の意義という形式的理由からの検討だけではなく、訴訟法的な観点から、捜査段階の参考人に対して刑罰で担保する形で真実供述義務を負わせることのメリット、デメリット(実質的理由)も検討した上で、現行刑法は、偽証罪以外の虚偽供述を不処罰としており、参考人が捜査官に虚偽供述をして、それに基づき供述調書が作成された場合であっても証拠偽造罪は成立しないと解するのが相当である、と判断したものと推察される。具体的には、①捜査官に対する供述は、供述調書が録取されるのが通常であって、虚偽供述に基づき内容虚偽の供述調書が作成された場合に証拠偽造罪の成立を認めると、結局は虚偽供述自体につき同罪の成立を認めたのと同じであり、いわば捜査段階の参考人に真実供述義務を課してこれを刑罰で担保する結果となるところ、②捜査段階における供述は様々な思惑から流動的に変遷することが少なくなく、③捜査段階において参考人に対して刑罰を科してまで真実供述義務を負わせた場合、一旦虚偽供述をしてそれが供述調書に録取されると、後の取調べのみならず公判廷での証人尋問でも、真実を述べようと思っても、証拠偽造罪に問われる危険を心配して従前の虚偽供述を変えることに躊躇し、かえって公判廷での真実発見が阻害される弊害があるという点などを重視したものと思われる。

 次に、本決定は、「本件において作成された書面は、参考人AのC巡査部長に対する供述調書という形式をとっているものの、その実質は、被告人、A、B警部補及びC巡査部長の4名が、Dの覚せい剤所持という架空の事実に関する令状請求のための証拠を作り出す意図で、各人が相談しながら虚偽の供述内容を創作、具体化させて書面にしたものである」と本件の特殊事情を示した上、「本件行為は、単に参考人として捜査官に対して虚偽の供述をし、それが供述調書に録取されたという事案とは異なり、作成名義人であるC巡査部長を含む被告人ら4名が共同して虚偽の内容が記載された証拠を新たに作り出したものといえ、刑法104条の証拠を偽造した罪に当たる」と判示した。これは、本件が、参考人として捜査官に対して虚偽の供述をし、それに基づき供述調書が作成された場合とは異なることから、前記の基本的立場が適用される事案ではないことを明示したものと理解することができる。本件は、単に参考人が捜査官に対して虚偽の供述をし、それに基づき供述調書が作成された場合とは異なり、被告人が調書の作成名義人である警察官らと共同して供述調書という形式の虚偽の証拠を新たに作り出したといえる場合であることから、前記の基本的立場が適用されるべき事案ではないと判断されたものであろう。このような場合には、供述書か供述調書かという証拠方法の違いに関係なく、証拠偽造罪の成立する余地があることを示したものともいえるであろう。

 

 本決定は、傍論ながら、参考人が虚偽供述をしてそれに基づき供述調書が作成された場合には証拠偽造罪が成立しない旨を最高裁として初めて明確にした点、供述調書の形式をとっていたとしても、第三者の覚せい剤所持という架空の事実に関する令状請求のための証拠を作り出す意図で、捜査官と相談しながら虚偽の供述内容を創作、具体化させて書面化したような行為については、例外的に証拠偽造罪が成立する旨を明示した点に判例としての価値がある。学説が多岐に分かれ、最高裁の判断が待たれていた論点であったことも踏まえると、本決定の意義は大きいといえよう。

 

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