ベトナム:外国人労働者の社会保険への加入の義務化
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
ベトナムにおいては、現在3ヵ月以上の労働契約を締結するベトナム人労働者について社会保険への加入が義務づけられており、その負担金は、雇用者負担分が労働者の基本給与の18%、労働者本人負担部分が基本給与の8%と、高く設定されている。
これまで、外資企業を含むベトナム企業で働く外国人については、この社会保険への加入ができなかった。しかしながら、労働・傷病兵・社会省が4月に発表した社会保険法の政令案(以下「新政令案」)では、ベトナムで就労する外国人労働者の一部について、社会保険への加入を義務とすることが盛り込まれている。新政令案はまだ検討段階であるが、そのまま制定されれば2018年1月から施行されることになる。
1. そもそも外国人の加入を義務とすることは許されるのか
新政令案は、2014年に制定された社会保険法(法58/2014/QH13)の下位規範として制定されることを予定しているものである。同法では、2条1項において、強制社会保険への加入対象であるベトナム人労働者を定め、外国人労働者については、同条2項において、「外国人労働者は政府の規定に従って強制加入社会保険へ加入することができる」という形で言及している(なお、社会保険法は2016年1月から施行されているが、この2条2項については2018年1月から施行されることになっている。同法124条1項。)。
ここで使われている「加入することができる」という用語は、あくまで外国人労働者の権利として加入が可能であることを意味し、2条1項とは言葉の使い方も分けているため、外国人労働者による強制社会保険への加入は、「任意」であることは明らかである。
しかしながら、新政令案の策定を担当している労働・傷病兵・社会省の社会保険局の担当官と協議したところ、彼らはこれにより外国人労働者についても社会保険への加入が義務であるかのように曲解し、それに基づいて新政令案を作成しているようである。彼らの論拠は、「強制社会保険」という用語が、社会保険法3条2項の定義において、加入が義務づけられる(「強制」である)保険を意味するものとされていることにあるようであるが、このように定義規定から義務が発生するというような解釈は法解釈のあり方として合理的ではない。ここでの「強制社会保険」は社会保険法で定義された一つの単語として、一定の種類の保険(ベトナム人には強制加入である保険)のことを言っているのであって、2条2項はそのような種類の保険について、外国人も加入する権利があることを定めているものと解釈するのが合理的である。
このように法律において外国人労働者による強制社会保険への加入が任意とされている以上、その下位規範である政令において、これを義務として定めることは、政令に与えられた委任の範囲を逸脱するものであり、ベトナムの法令システム上も、認められるものではない(法規範文書発行法11条1項、14条1項)。
2. 新政令案における強制加入の対象
上記の通り、本来外国人労働者の社会保険への加入は任意であるべきはずであるが、そうはいっても外国人労働者については加入を強制するとするのが労働・傷病兵・社会省の既定路線のようである。現在の新政令案は、そのような方向で作成され、審議が進められている。
但し、新政令案において社会保険への加入が強制されるのは、外国人労働者すべてではなく、(外資企業を含む)ベトナム企業と1ヵ月以上の労働契約を締結して就労している労働者に限られることになっている(新政令案2条1項)。この表現はわかりにくいが、ベトナムの労働法、特に労働許可証に関する規制では、いわゆる現地採用と出向者を区別し、前者を「労働契約の履行」の形態、後者を「社内人事異動」の形態として、後者の場合にはベトナム企業と当該外国人労働者の間で労働契約が締結されないものとして扱っている。したがって、上記の表現において対象となるのは、出向者以外の、いわゆる現地採用の場合、ということになる。また、ベトナム企業と直接労働契約を締結する外国人労働者であっても、労働許可証の取得が免除され、事業免許証又は事業許可証の取得も必要とされない者(例えばODAプロジェクトの実施者)についても、社会保険の加入対象から外されている。
3. 加入する場合の対象と負担
新政令案では、外国人労働者が加入する強制社会保険として、ベトナム人労働者と同様、①疾病給付金保険、②妊娠出産給付金保険、③労働災害・職業病給付金保険、④退職年金保険、⑤遺族給付金保険という5つの種類の保険を対象としている。その負担についても、ベトナム人労働者の場合と同様、使用者負担が基本給与の18%、労働者負担は同8%となっている。但し、基本給与が一般最低賃金の20倍を超える場合には、一般最低賃金の20倍が基準となる。
4. 給付
上記5つの強制社会保険の種類のうち、特に④及び⑤については、外国人労働者の場合、外国から申請を行い、給付を受ける必要が生じることが予想される。これについて、新政令案は、通常の継続的な給付を受けるのではなく、一時給付を受けることができるとも定めている。しかし、外国からの申請及び外国への送金について、具体的な規定は新政令案には盛り込まれておらず、実際上行おうとする場合には困難が生じることが予想される。
5. 社会保障協定の締結の必要性
労働・傷病兵・社会省の社会保険局の担当官は、外国人労働者に対して社会保険への加入を強制する趣旨として、労働者の保護と自国民・外国人の平等な取扱を挙げていた。確かに、外国人の社会保険への加入強制は、企業の負担を増加させるものであり、また上記の通り給付の実効性に鑑みれば労働者自身も負担を望まない可能性も高い。しかし、日本でも外国人労働者について社会保険料の納付は義務とされており、タイやフィリピンでも加入義務があるようで、外国人労働者に社会保険への加入を強制すること自体が不合理であるとは言えない。問題は、現時点において日本とベトナムの間では社会保障協定が締結されておらず、適用調整(派遣の期間が5年を越えない見込みの場合には、当該期間中は相手国の法令の適用を免除等)や保険期間の通算(両国間の年金制度への加入期間を通算等)が適用されず、社会保険料の二重払い、掛け捨てが生じる場合が多く発生することが予想されることにある。この点、両国間で社会保障協定が早期に締結されることが望まれるところである。