メキシコにおける雇用契約の終了
西村あさひ法律事務所
弁護士 梅 田 賢
弁護士 松 田 瞳
1 はじめに
メキシコに進出している日本企業は、その事業形態や、メキシコの連邦労働法(以下「労働法」という。)制上、原則として少なくとも90%の従業員がメキシコ人であることを要する旨の規制と相まって、多くのメキシコ人従業員を採用している。他方で、メキシコにおいては、メキシコの労働法特有の労働者保護的な性格やそれに基づく雇用関係の安定性の原則から、雇用契約を終了することが容易ではないとされており、メキシコに進出している日本企業が従業員との雇用契約の終了に際して、その対応に苦慮することも多い。
そこで、本稿では、メキシコにおける雇用契約の終了に関する基本的なルールについて概観することとしたい[1]。
2 雇用契約終了の類型と退職補償金等
(1) 雇用契約が終了する場面
まず、労働法上、従業員との雇用契約が終了する場面としては、以下の各場面が想定される[2]。
No. | 退職・解雇理由 | 類 型 |
1 | 使用者の意思 | 使用者が労働法所定の正当な理由に基づいて雇用契約を終了させる場合 |
2 | 使用者が労働法所定の正当な理由に基づかずに雇用契約を終了させる場合 | |
3 | 整理解雇や機械設備の導入による人員削減 | |
4 | 従業員の意思 | 従業員が自ら退職する場合(労働法所定の正当な理由なし) |
5 | 従業員が労働法所定の正当な理由に基づいて退職する場合 | |
6 | 双方の合意 | 使用者と従業員の双方の合意による雇用契約の終了 |
(2) 労働法に規定されている補償金
上記の雇用契約終了の各場面に応じて、下記のとおり使用者から従業員に対して一定の支払いが必要となるところ、労働法に規定されている補償金等は、概要以下の3つに分類される。
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① 退職補償金
全ての雇用契約終了の場面で認められるものではないが、例えば、従業員が労働法所定の正当理由に基づき辞職するに際しては、(ⅰ)3か月分の給与及び(ii)20日分の給与×勤続年数が必要となる等、雇用契約終了の場面に応じて、一定の補償金の支払いが必要とされている。 -
② 未払分の手当等
雇用契約の終了に際して、未払分の各種手当の支払いが必要となる。具体的にはクリスマスボーナス、有給休暇の買い取り分、有給休暇中の加算給等の費用が含まれ、支払時期に至っていない手当についても、当該従業員の在籍期間に応じて割合的な支払いが必要となる。 -
③ 年功者特別手当
全ての雇用契約終了の場面で認められるものではないが、給与又は最低賃金の2倍のいずれか低い額×12日分×勤続年数の支払いが必要となる。
3 雇用契約終了の要件及び必要とされる支払い概要
(1) 使用者の意思による雇用契約の終了
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① 正当な理由に基づく場合
使用者が従業員を解雇するためには、労働法に列挙される正当な理由が存在することが必要である。正当な理由が存在する場合、使用者はいつでも雇用契約を終了することができる。例えば、以下の事由が正当な理由として規定されている。なお、20年以上勤務した従業員については、法律上、正当な理由は、以下の事由が特に重要な場合のみに限定されている。
(ⅰ) 就職時の、虚偽の書類等を使用した能力等の詐称[3]
(ⅱ) 使用者や顧客等に対する業務上の不正行為又は暴力的行為等
(ⅲ) 同僚に対する不正行為又は暴力的行為により職場の規律を乱すこと
(ⅳ) 使用者やその家族等に対する業務外の不正行為又は暴力的行為等で、雇用関係の目的を達成し得なくなる重大なもの
(ⅴ) 業務中、故意に使用者の財産に重大な損害を与える行為
(ⅵ) 業務中、過失により使用者の財産に深刻な損害を与える行為
(ⅶ) 不注意により職場の安全を脅かす行為
(ⅷ) 職場における個人に対する不道徳な行為、ハラスメント行為
(ⅸ) 企業秘密・機密情報の漏洩
(ⅹ) 30日間に3回を超える正当な理由のない欠勤
(ⅺ) 正当な理由のない業務命令違反
(ⅻ) 安全措置の不実行又は事故・傷病防止手続の不遵守
(xiii) 酩酊状態又は薬物の影響下での出勤
(xiv) 懲役刑により雇用契約を履行できない場合
(xiv)-2 就業に法令上必要な書面が従業員の責任により欠けている場合
(xv) その他これに類する重大な行為
正当な理由に基づく解雇の場合、使用者は当該従業員に対して、正当事由の発生後30日以内に当該事由を記載した通知書を交付しなければならない。この場合、未払分の手当等及び年功者特別手当の支払いが必要であるが、退職補償金の支払いは必要でない。 -
② 正当な理由に基づかない場合
従業員は、通知書の受領後2か月以内に、調停•仲裁委員会に不当解雇を主張して提訴することができる。この場合、正当理由の有無は使用者が立証しなければならない。
解雇に正当な理由がないと判断された場合、又は、使用者が正当な理由の立証に失敗した場合には、従業員は、解雇前の職場への復帰[4]又は退職の上3か月分の給与の支払いを求めることができる。加えて、職場復帰又は上記の手当等が支払われるまでの期間の給与の支払い(バックペイ)を、給与1年分を上限として受けることができる。 -
③ 会社の倒産や機械設備の導入による人員削減
会社の倒産及び新規の機械設備等の導入による人員削減についても、労働法に基づき、退職補償金等の支払いに服する点には留意が必要である。
まず、会社の倒産や事業の閉鎖による人員削減の場合、調停•仲裁委員会による承認の取得が必要となる。また、この場合、削減対象となる従業員には、退職補償金(3か月分の給与)及び年功者特別手当の支払いが必要となる。
また、新規の機械設備や生産工程の導入により人員を削減する場合は、調停・仲裁委員会からの許可の取得が必要となる。また、この場合、削減対象となる従業員に対しては、退職補償金((i)4か月分の給与及び(ii)20日分の給与×勤続年数)及び年功者特別手当の支払いが必要となる。
(2) 従業員の意思による雇用契約の終了
従業員が自ら退職を申し出た場合、又は、従業員が正当な理由に基づかずに退職する場合にも、未払いの各種手当については支払いが必要となる点には留意が必要である。
さらに、従業員の勤務年数が15年を超えている場合には、年功者特別手当の支払いも併せて必要とされる。
これに対し、従業員が労働法所定の正当な理由に基づき退職する場合には、上記に加えて、退職補償金((i)3か月分の給与及び(ii)20日分の給与×勤続年数)の支払い及び(勤務年数にかかわらず)年功者特別手当の支払いが必要となる。
かかる正当な理由は、労働法に列挙されており、例えば、虚偽の労働条件の通知、使用者による不正行為又は暴力的行為、賃金の減額・未払い等が正当な理由として規定されている。
(3) 双方の合意に基づく雇用契約の終了
メキシコにおいて、使用者が労働法所定の正当な理由に基づき従業員との雇用契約を終了させるだけの理由がある場合であっても、紛争に伴う立証の負担を回避するため、双方の合意に基づき雇用契約を終了するという形態を採る場合も見られる。
この場合、あくまで双方の合意に基づく雇用契約の終了であることから、法律上は、上記の退職補償金等の支払いが必要とされるものではないが、雇用契約の終了理由によっては、退職補償金等と同等の額を支払うことによって雇用契約を終了させる場合もある。
さらに、雇用契約の終了についての合意書は、事後に合意内容について蒸し返されることを防止するため、調停・仲裁委員会による承認を受けることとされる。
(4) ま と め
従業員との雇用契約の終了形態と支払いが必要となる退職補償金等をまとめると以下のとおりとなる。
No. | 退職補償金 | 各種手当 | 年功者特別手当 | |
1 | 使用者が労働法所定の正当な理由に基づいて雇用契約を終了させる場合 | なし | 必要 | 必要 |
2 | 使用者が労働法所定の正当な理由に基づかずに雇用契約を終了させる場合 | 必要(3か月+20日分の給与×勤続年数) | 必要 | 必要 |
3 | 会社倒産等による人員削減 | 必要(3か月) | 必要 | 必要 |
4 | 機械設備の導入等による人員削減 | 必要(4か月+20日分の給与×勤続年数) | 必要 | 必要 |
5 | 従業員が自ら退職する場合(労働法所定の正当な理由に基づかずに退職) | なし | 必要 | 15年以上勤務していた場合に限り、必要 |
6 | 従業員が労働法所定の正当な理由に基づいて退職する場合 | 必要(3か月+20日分の給与×勤続年数) | 必要 | 必要 |
7 | 使用者と従業員の双方の合意による雇用契約の終了 | 合意による | 合意による | 合意による |
4 結 語
以上のとおり、メキシコにおける雇用契約の終了に際しては、従業員に対して支払いを求められる項目も多い。退職補償金の支払いや合意に際する書面作成の際には、後日の紛争を回避する観点からも、慎重な対応が必要となる。さらに、2017年の憲法改正により、調停・仲裁委員会が廃止され、今後は、新たな行政機関が設置される予定であり、当該憲法改正に伴う労働法改正も予定されているところである。こうした法改正を受けて、雇用契約の終了の要件や必要とされる手続については、今後、一定程度変更される可能性がある点にも留意が必要である。
以 上
- (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。
[1] なお、メキシコ内における雇用関係は、日本人その他のメキシコ人以外の従業員との雇用契約についても、メキシコの労働法の適用を受けることとされている。
[2] その他、雇用契約の終了場面としては、有期雇用契約の場合の雇用期間の満了、従業員の死亡や、怪我等により就労ができない場合も挙げられる。もっとも、メキシコにおいて雇用契約は期限の定めのない契約であることが原則とされており、有期雇用契約を締結し得る場面は極めて限定されている点は注意を要する。
[3] 但し、従業員が勤務を開始して30日経過後は、本事由に基づいて解雇をすることはできない。
[4] 調停・仲裁委員会の判断により職場復帰が認められた場合であっても、当該従業員が勤続1年未満の場合や、通常の労使関係の展開が不可能であると調停・仲裁委員会が判断した場合等、一定の場合には、会社は(ⅰ)3か月分の給与及び(ⅱ)20日分の給与×勤続年数を支払うことにより、復職を拒むことができるとされている。実務上は、従業員による提訴を防ぐため、雇用契約終了に際して、20日分の給与×勤続年数も含めた金額の支払いを提示する場合もあるとのことである。