日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第44回 和解その2
4. 和解の契機
前回(第43回)の2項において述べたとおり、国際仲裁においては、仲裁人が和解に関与することは一般的ではない。日本の訴訟であれば、裁判所からの和解勧告という、当事者以外からの和解の契機があるが、国際仲裁では、このような和解の契機は期待できない。したがって、国際仲裁では、和解の契機は、当事者が自ら作るというのが基本となる。
但し、争っている当事者としては、相手方に和解の話を持ちかけることは、弱気に映ることを懸念し、躊躇いがちである。しかし、当事者双方が躊躇うならば、和解の契機が生まれることなく、仲裁判断に至ることとなる。これは望ましい事態ではない。
前回の1項において述べたとおり、民事紛争において和解は、解決方法の選択肢の一つとして念頭に置くべきものである。そうすると、国際仲裁においては当事者が自ら和解の契機を作る必要がある以上、この「契機を作る」ことにも留意する必要がある。
「契機を作る」方法としては、様々なものが考えられるが、例えば、国際仲裁では手続の進行に関して代理人弁護士間で連絡をとりあう機会が多いため、そこで和解の可能性について様子を探ることが考えられる。
また、弱気に映ることを避ける方法としては、相手方に直接和解案を提示せずに、後述の調停手続を行うことを提案し、その過程で調停人を通じて和解案を提示することが考えられる。
さらに、紛争が生じる前の段階で、仲裁条項に和解協議や調停を行う義務を定めておけば、弱気に映ることを懸念せずに、和解協議の機会を確保することができる。
5. 仲裁手続の扱い
和解協議を行う場合、仲裁判断に向けた仲裁手続を停止(stay)するか否かが検討事項となる。両当事者が和解協議の間、仲裁手続を停止することに合意すれば、そのことを仲裁廷及び仲裁機関は尊重し、仲裁手続は停止する。
停止することのメリットとしては、主張書面の作成等の作業を和解協議の間止めることができるため、弁護士費用等のコストや、労力が抑えられるとともに、和解協議に集中できる点がある。
これに対し、停止することのデメリットとしては、手続が遅延する要因になりうることと、相手方当事者が仲裁合意により敗訴するリスク等のプレッシャーを感じなくなり、相手方当事者から譲歩を引き出すことが難しくなり、和解協議がかえって進展しなくなる可能性がある。
停止するか否かは、上記のメリットとデメリットを比較しながら事案毎に判断することになるが、停止することを選択する場合には、例えば1ヵ月といった期限を区切るべきである。期限を設けない場合、上記のデメリットがより強く働きうるからである。また、必要があれば、当事者の合意によって停止の期限を延長することも可能であるから、期限を設けることに特に問題はない。
6. 調停(mediation)
(1) 概要
調停(mediation)というのは、当事者間の和解交渉に、中立的な第三者が関与する手続である。この第三者によって、和解交渉が促進される。筆者の経験においても、第三者の介在によって、和解交渉が進展し、まとまることが多々ある。
前回の2項において述べたとおり、国際仲裁においては、仲裁人が和解に関与することは一般的ではないため、調停人となるのは、通常は仲裁人以外の第三者である。
このように別途第三者を確保してまで和解協議を行うことについては、コスト増の懸念があるかもしれないが、調停によって和解がまとまった場合と、調停を行わずに国際仲裁手続がヒアリングや、仲裁判断まで進んだ場合とを比較すると、前者の場合の方がトータルのコストは明らかに少なくなる。
また、仮に調停を行い和解がまとまらなかったとしても、調停を行ったことが無意味になる訳ではない。例えば、調停を行うことによって主張、立証のポイントが明確になり、その後の主張、立証をより効果的かつ効率的に行えることが考えられる。
調停は、多くの場合、費用対効果の観点から十分に合理的な選択肢であると、筆者は考えている。
(2) 調停機関と場所の選択
調停を行う場合、調停機関と場所を選ぶ必要がある。仲裁機関が調停機関としての機能を有しているため(あるいは提携している調停機関があるため)、これを利用することがスムースである。
また、場所についても、仲裁機関の所在地を利用することが考えられるが、これは必須ではない。調停の場所に特に制限はなく、仲裁地や、仲裁機関の所在地とは全く別の場所で調停を行うことも可能である。
なお、選ばれることが多い調停の場所として、ハワイがある。調停を4000件以上和解でまとめたという著名調停人も、カリフォルニア州に拠点を持ちながら、調停の場所としてはハワイを薦めるとのことである。ハワイのような観光地には、調停による和解成立という観点からみて、心理的に好影響があると言われている。日本においても、かかる観点から、京都に国際調停センターを設立する動きがある。
(3) 手続の流れ
調停は、柔軟な手続であり、所要日数・時間、進め方も様々に変わりうるが、典型的な手続の流れは、以下のようなものである。
- ① 一方当事者又は当事者双方で、調停を仲裁機関ないし調停機関に申し立てる。
- ② 一方当事者からの申立の場合、相手方当事者に、調停申立書を送付する(その後相手方当事者が、調停に応じなければ、ここで手続が終了)。
- ③ 調停人(mediator)の選任(当事者が合意できなければ、仲裁機関ないし調停機関が選任する)。
- ④ 場所、日程等の決定。
- ⑤ 事前に、当事者がそれぞれ、主張の要旨を記載した書面(mediation brief)と、主要な書証(exhibits)を提出。
- ⑥ 1日から2日程度かけて、集中的に調停を行う。構成としては、大きく分けて二つあり、最初が、調停人と当事者双方が同席するところで、各当事者が主張の要旨を口頭で述べ、調停人と質疑を行うというものである。その後が、調停人が当事者一方ずつと個別面談を行い、和解条件の調整をはかっていくというものである。
- ⑦ 和解がまとまった場合には、その条件を書面にまとめる。
(4) 情報の秘密性
前回の3項で述べたとおり、仲裁人が和解協議に関与しない場合、和解協議の内容を仲裁人に伝えることは避けられている。したがって、調停は和解協議の手続であるから、調停の内容も仲裁人に伝えることは避けられることになる。
仲裁機関ないし調停機関の規則においては、調停手続の状況と、和解が成立した場合にはその内容について、当事者等の関係者に守秘義務を課している(ICC調停規則9項、SIMM(シンガポール国際調停センター)規則9項、HKIAC調停規則12項、JCAA国際商事調停規則12条)。
以 上