ブラジル労働改正法を変更する暫定措置令について
西村あさひ法律事務所
弁護士 清 水 誠
弁護士 古 梶 順 也
1. はじめに
2017年11月11日にブラジルにおいて現行の労働法制を大幅に改正する改正法(法律2017年第13467号。以下「本改正法」という。)が施行された[1]。
本改正法については、成立当初から、施行日までに暫定措置令(Medida Provisória)を発令し、その内容の一部を変更する旨をテメル大統領が表明していたが、本改正法施行日後の2017年11月14日、テメル大統領は本改正法の一部を変更する暫定措置令(暫定措置令2017年第808号。以下「本暫定措置令」という。)を発令した。
本稿においては、かかる暫定措置令に含まれる本改正法の変更点のうち重要なものについて解説する。
なお、暫定措置令は、事前の議会の承認を前提としない緊急の立法手続であり、大統領の署名と同時に効力を有するものの、その有効期間は60日間(さらに60日間の延長が可能)で、その間に議会の事後承認が得られる場合は、当該暫定措置令は法律として成立し、議会の事後承認が得られない場合には、当該暫定措置令は将来に向かって失効する。そのため、本暫定措置令については議会の事後承認が得られずに失効する可能性又は議会の事後承認を得る過程で内容が変更される可能性がある点に留意されたい。
2. 重要な変更点[2]
(1) 本改正法の適用対象
- (変更前)
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本改正法上、その適用対象について、施行日以降に締結された労働契約に限られるか、施行日以前に締結され、施行日時点で存続する労働契約も含まれるかが不明確であった。
- (変更点)
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本暫定措置令により、本改正法の適用対象については、施行日以降に締結された労働契約のみならず、施行日以前に締結され、施行日時点で存続する労働契約も含まれる旨が明確化された。
(2) 12/36時間勤務
- (変更前)
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本改正法により、新しい勤務形態として、12/36時間勤務 (12時間連続の勤務と36時間の休暇を繰り返す勤務形態)が認められることとなった。当該勤務形態は、労使間の個別の労働契約において必要な事項を合意することにより実施可能とされていた。
- (変更点)
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本暫定措置令により、当該勤務形態を実施するためには、原則として、個別の労働契約において合意するのでは足りず、労働協約において合意することが必要となった。但し、医療施設で働く労働者に関しては、例外的に、個別の労働契約における合意のみで実施可能とされた。
(3) 精神的損害の賠償
- (変更前)
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本改正法において、雇用関係に起因する精神的損害の賠償について、以下のとおり、程度に応じて4つに分類し、それぞれ上限を設定した。
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① 軽微な侵害の場合
被害を受けた労働者の契約上の直近賃金額の3倍まで -
② 中程度の侵害の場合
被害を受けた労働者の契約上の直近賃金額の5倍まで -
③ 重大な侵害の場合
被害を受けた労働者の契約上の直近賃金額の20倍まで -
④ 極めて重大な侵害の場合
被害を受けた労働者の契約上の直近賃金額の50倍まで
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① 軽微な侵害の場合
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雇用者及び被害を受けた労働者の双方が同一の再発事案の場合には、上記賠償額の上限は2倍となる。
- (変更点)
- 本暫定措置令により、上記の各上限額の算定の基礎となる「被害を受けた労働者の契約上の直近賃金額」については、「社会保障給付金の最大給付額[3]」に変更された。
- また、労働者が死亡した場合の精神的損害については上記の上限は適用されないこととなった。
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更に、上記の「再発事案」については、前回の侵害を認める確定判決の後2年以内に同一の侵害が発生したときと定義された。
(4) 不衛生な労働環境における妊婦の勤務
- (変更前)
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本改正法においては、妊娠中又は授乳中の女性は、以下に該当する場合、不衛生な労働環境で勤務できないものとされていた。
- ① 妊娠中の女性について、労働環境の不衛生レベルが高い場合
- ② 妊娠中の女性について、労働環境の不衛生レベルが中程度又は低い場合において、本人が信頼する医師が当該労働環境から離れることを勧告する診断書を提出した場合
- ③ 授乳中の女性について、労働環境の不衛生レベルに関わらず、本人が信頼する医師が当該労働環境から離れることを勧告する診断書を提出した場合
- (変更点)
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本暫定措置令により、②に関して、妊娠中の女性は、原則として、不衛生レベルが中程度又は低い労働環境で勤務できないが、本人が信頼する医師による当該労働環境で働くことを認める旨の診断書を自発的に提出した場合には例外的に不衛生レベルが中程度又は低い労働環境での勤務が認められることになった。すなわち、不衛生レベルが中程度又は低い労働環境での勤務について、原則と例外が入れ替わる形に変更されることとなった。
(5) 自営業者
- (変更前)
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本改正法においては、自営業者(Autônomo)は、一の事業者に対し専属的かつ継続的に働く場合であっても、法律で定める一定の法形式を遵守すれば、労働法の保護の対象となる「労働者」とはみなされないこととされていた。
- (変更点)
- 本暫定措置令により、自営業者は、特定の事業者との間で専属的な契約を締結することが認められないこととなった。但し、一の事業者のみにサービスを提供しているという事実だけを以て専属的な契約を締結しているとはみなされないものとされている。
- また、本暫定措置令は、両者の間に雇用関係が存在するかどうか決めるにあたっては両者の従属関係の有無があるかどうかが重要な要素となる旨を改めて規定した。
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さらに、運転手、販売代理人、不動産エージェントといった特別な法律で規制されている専門職は、原則として「労働者」とみなされないことが明記された。
(6) 断続的労働制度
- (変更前)
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本改正法により、新たな勤務形態として断続的労働制度が導入された。当該断続的労働制度は、労働者が、使用者に対して継続的に労務提供を行う通常の雇用形態とは異なり、時間、日又は月単位で労務提供期間と休眠期間を交差させることができる勤務形態である[4]。
- (変更点)
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本暫定措置令により、不明確な点が多かった断続的労働制度に関して以下の点が主に明確化された。
- ① 賃金の支払いのタイミングは個別の断続的労働契約において規定される。但し、1ヵ月以上労務提供期間が続く場合には、少なくとも1ヵ月に1回は賃金を支払わなければならない。
- ② 予定されていた労務提供がキャンセルされた場合における互いの補償については、個別の断続的労働契約において規定できる。
- ③ 1年を超える休眠期間中に一度も使用者から召集されなかった場合には、断続的労働契約は自動的に解約される。
- ④ 断続的労働契約が正当な理由なく解約される場合には、使用者は、解約のために必要な事前通知期間の半分の期間に係る補償(当該期間中に労働者が得られるはずの金額[5]の補償)を行い、労働者のFGTS口座(失業保険基金口座)に雇用期間中にその労働者のFGTS口座に支払われた総額の20%に相当する金額の支払いを行わなければならない。これに対し、労働者は、FGTSに積み立てられた金額の80%の引出しが可能となるが、失業保険の受取り対象にはならない。
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⑤ 解雇された通常の労働者は、解雇日から起算して18ヵ月間は、同一の使用者との間で断続的労働契約を締結することはできない。かかる制限は2020年12月31日までの期間に限って適用される。
(7) 賃金の範囲
- (変更前)
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本改正法において、食事手当(現金での支給は不可)、諸経費(título de ajuda de custo)、旅費、賞与及びその他の手当(abonos)は、税金や社会保障負担金の算定の基礎となる「賃金」に含まれないと明記された。
- (変更点)
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本暫定措置令により、「賃金」の範囲に関して以下の変更がなされた。
- ① 役職手当は「賃金」に含まれると明記された。
- ② 「賃金」に含まれない項目から「その他の手当(abonos)」が削除された。これによって、逆に、食事手当その他賃金に含まれないものとして特定されたもの以外の「その他の手当(abonos)」については「賃金」に含まれることになるものと考えられる。
- ③ 諸経費(título de ajuda de custo)に関しては月額賃金の50%に相当する額を超えない限り賃金に含まれないものとされた。
- ④ 賞与についても、年に2回まで支給されるものである限り、賃金に含まれないものとされた。
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⑤ その他、チップに関する詳細な規定が追加された。
(8) 労働者代表委員会の権限
- (変更前)
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本改正法により、200人超の労働者を抱える企業は、労働者により選出された代表者から構成される労働者代表委員会を設置することとなった[6]。当該労働者代表委員会が労働協約の交渉・締結ができるかどうかについては、ブラジル連邦憲法上、労働協約の交渉・締結権限については労働組合が有すると規定されていることとの関係から議論があった。
- (変更点)
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本暫定措置令において、労働代表委員会は、行政手続や裁判手続における労働者の個人又は集団としての権利・利益の保護や団体交渉との関係で労働組合の代わりとなることができないと明記された。これにより、労働協約の交渉・締結においては労働組合が関与する必要がある点が明確となった。
(9) 労働環境の不衛生レベルの特定についての労働協約の定め
- (変更前)
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本改正法により、一定の事項に関して労働協約の定めに法律に優先する効力が認められることとなったが、その一つとして、労働環境の不衛生レベルの特定と不衛生な労働環境下における労働時間の延長がある。
- (変更点)
- 本暫定措置令において、労働環境の不衛生レベルの特定と不衛生な労働環境下における労働時間の延長について労働協約の定めが法律に優先する効力を有する点は維持されたが、法律や労働省の規制が定める衛生や安全に係るルールが遵守されていることがその条件となった。
以 上
- (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めていただく必要がある。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではない。
[1] 本改正法の主な改正トピックについては、清水誠=古梶順也「ブラジルの労働法改革」NBL第1105号(2017)62‐67頁を参照されたい。
[2] 本稿の作成に当たっては、ブラジルのPinheiro Neto法律事務所のNatalia Azevedo de Carvalho弁護士(本稿執筆時点において西村あさひ法律事務所に出向中)からの協力を得た。ここに記して感謝する。もっとも、本稿の内容に関する責任は筆者らのみにある。
[3] 本稿執筆時点における社会保障給付金の最大給付額は、5,531.31ブラジルレアルである。
[4] 断続的労働制度の概要については、清水=古梶・前掲注[1] 63、64頁を参照されたい。
[5] 当該金額は、断続的労働契約の契約期間中(但し、直近12ヵ月間に限定される。)に労働者が受領した額の平均額を基礎として計算される。
[6] 労働者代表委員会の概要については、清水=古梶・前掲注[1] 66頁を参照されたい。