「犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会報告書」の公表
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 外国法共同事業
弁護士 井 上 乾 介
弁護士 膝 舘 朗 人
1 はじめに
近年、個人の顔を識別する機能を有するカメラシステムが普及し、犯罪予防や安全確保のために利用されるケースが増加している。こうしたシステムは犯罪予防・安全確保には有効である一方、顔という特定個人に固有の情報をもって個人を識別することから、こうしたカメラで顔を撮影される個人のプライバシーを始めとした権利を侵害し得るといった問題をはらんでいる[1]。
そこで、個人情報保護委員会では、「犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会」[2]を設置し、2022年1月28日の第1回から本年3月14日の8回にわたって会合を開催し、カメラ画像の適正な利用の在り方について包括的な整理を行い、個人の顔を識別する機能を備えたカメラの利用に関する法的整理と課題の検討を行った。
本検討会が本年3月に公表した『犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会報告書』[3]は、本検討会における議論を集約し、顔を識別する機能を備えたカメラシステムを利用するに当たって、事業者が留意すべき事項や講ずるべき措置をまとめている。カメラ画像や顔認識技術の活用に当たって実務の指針となるため、本稿でその概要を紹介する。
2 『犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会報告書』
⑴ 顔識別機能付きカメラシステムとは
まず、本報告書ではカメラ画像、顔認識技術に関する主な用語を定義している。[4]このうち「顔識別」とは、カメラで撮影したある人物の顔の特徴を表象したデータ[5]と照合用データベースに登録された顔特徴データを照合して、データベースに登録された人物を検知することをいう。そして、「顔識別機能付きカメラシステム」とは、顔の画像を撮影するカメラと画像に写った人物の顔の同一性を判定する機能を備えたシステムのことをいう[6]。
本報告書は、顔の特徴は一般に一生のうちに大きく変化することがなく(不変性)、特定の個人と1対1で対応する(一意性)という特性を持ち、カメラは撮影範囲に入った者の顔の特徴を自動かつ無差別に大量に取得することができるため、カメラで取得した顔特徴データとデータベース上の顔特徴データを照合することで、高い精度で迅速かつ広い範囲から特定人物を検知することができ、犯罪の被疑者や事件・事故の行方不明者を検知対象とすることで犯罪の発生防止や行方不明者の早期発見に資することを指摘している。
他方で、本報告書は、顔識別機能付きカメラシステムは、顔特徴データの不変性により、特定人物の長期にわたる追跡が可能になること、カメラを利用することで自動的・無差別的な大量のデータが取得されること、データが取得されていることが認識困難であるゆえに利用目的の予測が困難であること、データベースに特定の属性への偏見や差別が含まれてしまうおそれがあること、こうした特徴に伴う行動の萎縮効果といった弊害を有することも否定できない、とも指摘している[7]。
⑵ 肖像権・プライバシーに関する留意点
本報告書では、こうした弊害に加え、顔識別機能付きカメラシステムの利用は、顔特徴データを取得される者の肖像権やプライバシーに関する権利といった法的利益・権利を侵害するおそれもあると指摘している[8]。
本報告書によれば、現在までに、顔識別機能付きカメラシステムを犯罪予防や安全確保のために利用する場合について扱った裁判例は見当たらないが、従来型防犯カメラ[9]による裁判例が蓄積されており、これが顔識別機能付きカメラシステムに関する法的問題を検討する上で参考になるとしている[10]。
本報告書が挙げる裁判例では、①被撮影者の社会的地位・活動内容、②撮影場所・範囲、③撮影目的、④撮影態様、⑤撮影の必要性、⑥撮影された画像の管理方法などが考慮された上で、撮影が肖像権、プライバシーに関する権利を侵害するかが判断されているとしている。
本報告書では、顔識別機能付きカメラシステムであっても、ある人物を被写体として画像を撮影するという点で従来型防犯カメラと異ならず、こうした考慮要素に配慮した上で、システムを導入・利用しなければならないとしている。
さらに、本報告書では、顔識別機能付きカメラシステムは、従来型防犯カメラに比して容易に検知対象者を検出することができ、また、複数地点に設置したカメラを利用する場合、特定の個人の行動を継続的網羅的に把握することになる。そのため、従来型防犯カメラにはない特徴が裁判における肖像権・プライバシーに関する権利への侵害の成否の判断に影響を与える可能性があることも指摘している。
なお、本報告では、上記考慮要素はいずれもカメラによる撮影が民法上の不法行為を構成するかという観点から問題になったものであるが、次に述べる個人情報保護法上の規制との関係でも有益な視点を提供することに留意が必要であるとしている[11]。
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(いのうえ・けんすけ)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 スペシャル・カウンセル。2004年一橋大学法学部卒業。2007年慶応義塾大学法科大学院卒業。2008年弁護士登録(東京弁護士会)。2016年カリフォルニア大学バークレー校・ロースクール(LLM)修了。2017年カリフォルニア州弁護士登録。著作権法をはじめとする知的財産法、個人情報保護法をはじめとする各国データ保護法を専門とする。
(ひざたて・あきと)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業アソシエイト。東京大学法学部卒業。2022年弁護士登録(第一東京弁護士会)。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 https://www.amt-law.com/
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