シンガポール:職場における公平性に関する法律(Workplace Fairness Legislation)の制定に関する中間報告書
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 石 原 和 史
はじめに
2023年2月13日、シンガポール労働省(Ministry of Manpower, “MOM”)は、職場における公平性に関する法律(Workplace Fairness Legislation、「本法律」)の制定に関し、職場の公平性に関する政労使委員会(Tripartite Committee on Workplace Fairness、「本委員会」)による中間報告書を発表した。中間報告書の段階とはいえ、2024年後半までには本法律の国会提出が予定されている状況であり、シンガポールに進出している日本企業においても法制化を見据えて対応を検討していく必要があるように思われる。以下、現状の説明とともに、中間報告書の概要を紹介する。なお、中間報告書の本文についてはこちらを参照されたい(https://www.mom.gov.sg/-/media/mom/documents/press-releases/2023/tripartite-committee-on-workplace-fairness-interim-report.pdf)。
1 現状
現状、職場における差別を禁じる包括的な法律は存在しないが、Tripartite Committeeが定める公平な雇用慣行に関するガイドライン(Tripartite Guidelines on Fair Employment Practices、「本ガイドライン」)が存在する。本ガイドラインにおいては、雇用主は、年齢、人種、性別、宗教、婚姻状況、家庭における責任又は障害に関係なく、実力主義的に(すなわち、技能、経験、職務遂行能力等に基づき)従業員の採用及び選別を行うべきことを示し、募集、採用、苦情処理、人事評価、解雇等の各場面において許容される行為や避けるべき行為を記載している。
本ガイドライン違反に対する罰則はないが、公正性配慮枠組(Fair Consideration Framework, “FCF”)の下で、本ガイドラインに従わない雇用主に対してはMOMによる調査が行われ、就労ビザの申請や更新ができなくなる等の不利益を被る可能性がある。
2 提言の概要
本委員会は、本ガイドラインを維持し、公正かつ実力主義的な雇用の包括的原則を堅持し、すべての雇用主に対してあらゆる形態の差別に反対する立場をとる一方で、一般的な形態の差別を禁止する法律を導入し、差別からの労働者の保護と救済を強化することを提言している。
本法律は、差別の主張に対処する主要な手段として調停を規定し、調停が不調に終わった場合、雇用請求裁判所(Employment Claims Tribunal, “ECT”)に訴えることを可能とするものである。さらに、現状より幅広い制裁と罰則を定め、本法律への違反があった場合、MOMが適切な強制措置をとる権限を与えることを内容とする。
本法律の内容に関する本委員会の提言の概要は以下のとおり。
(1) 職場における差別に対する保護の強化
① (i)年齢、(ii)国籍、(iii)性別、婚姻状況、妊娠の有無、介護責任、(iv)人種、宗教、言語、(v)障害及びメンタルヘルスの観点での職場差別を禁止する。
② 法律と協調して機能するよう、本ガイドラインを維持・強化する。本ガイドラインは、公正かつ実力主義的な雇用の包括的原則を支持し、あらゆる形態の職場差別に対する保護を提供する。
③ 雇用のすべての段階、すなわち、雇用前(採用など)、雇用中(昇進、業績評価、研修選考など)及び雇用終了(解雇など)(総称して「雇用決定」)を対象とする。
④ 求人広告において、保護される特性に基づく選好を示す言葉やフレーズの使用を禁止する。
⑤ Employment PassとS Passの申請書を提出するための求人広告の要件を、現行のFCFの下で法制化する。
⑥ 職場差別やハラスメント事例を報告する者に対する報復を禁止する。
⑦ 本ガイドラインを更新し、サービス・バイヤー(不動産管理会社など)や仲介業者(マッチング・サービスを提供するプラットフォーム会社など)を通じて業務に従事する労働者の差別に対する保護を規定する。
(2) ビジネス/組織のニーズと国家目標をサポートする規定
⑧ 真正かつ合理的な職務要件である場合、雇用主が雇用決定において保護される特性を考慮することを認める。
⑨ 従業員25人未満の小規模企業については、当初は適用除外とし、5年後にこの適用除外を厳格化することを検討する。
⑩ 宗教団体が宗教や宗教的要件(すなわち宗教的な信念や慣行への適合性)に基づいて雇用決定を行うことを認める。
⑪ たとえ他の候補者が同等以上の資格・能力を持っていたとしても、雇用主が障害者や高齢者(55歳以上)を他のグループより優遇して採用を決定することを認める。
(3) 職場の調和を保ちながら苦情や紛争を解決するためのプロセス
⑫ 苦情処理プロセスの設置を雇用主に義務付ける。また、雇用主は可能な限り、職場差別やハラスメントを報告した者の身元を守秘するべきである。
⑬ 職場差別に関する申し立てには、まず三者紛争管理連盟(Tripartite Alliance for Dispute Management)での調停を義務付け、最終手段としてECTでの審判を義務付ける。
⑭ 公正かつ進歩的な雇用慣行のための三者連盟(Tripartite Alliance for Fair and Progressive Employment Practices)が、差別を受けた労働者に引き続き助言及び支援を提供し、雇用慣行の改善に関し雇用主に対する助言を継続することを確保する。
⑮ 労働組合が職場の公正のための紛争解決において建設的な役割を果たし続けるように確保する。現在の他の雇用に関する申立てと同様に、労働組合が申立プロセスにおいて組合員を支援することを許容する。
(4) 職場差別の被害者に対する救済と、違反に対するより適切な罰則を通じて、公正な結果を確保する
⑯ 実際上可能な場合には、雇用内定の回復や謝罪文の提供など、金銭以外の救済策を検討するよう当事者に奨励する。
⑰ 雇用前請求には最高5,000シンガポールドルの金銭補償を認める。また、雇用中及び雇用終了時の請求については、現在の他の雇用請求と同様に、非組合員には最高20,000シンガポールドル、組合支援の請求には最高30,000シンガポールドルの金銭補償を認める。
⑱ ECTに、軽薄な請求や煩瑣な請求を取り消す権限、又はそのような請求者に対して費用を裁定する権限を与える。
⑲ 本法律の重大な違反が疑われる請求について、強制措置を講じることを視野に入れた調査を国が同時に実施できるようにする。
⑳ 違反の重大性に応じて、企業及び/又は有責者に対して課される是正措置命令、金銭的制裁、ワークパスの削減を含む様々な罰則を規定する。
3 今後の予定
2023年中に最終報告書が提出され、2024年後半までに、本法律が国会に提出される予定となっている。最終報告書や提出される本法律の内容をフォローしつつ、各企業においては、現在の雇用環境の見直し等、法制化を見据えた対応を検討していく必要がある。
以 上
(いしはら・かずし)
2014年に長島・大野・常松法律事務所に入所後、M&A案件を中心に、国内外の企業法務全般に従事。2021年、ニューヨーク大学ロースクール(LL.M. in Corporation Law)を修了後、同年9月より長島・大野・常松法律事務所シンガポール・オフィス勤務。日系企業による事業進出や投資案件を中心に、シンガポール等の東南アジア地域における法律業務に広く関与している。
長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/
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