SH4923 ベトナム:新不動産事業法の施行(下) 井上皓子(2024/05/14)

取引法務不動産法

ベトナム:新不動産事業法の施行(下)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 井 上 皓 子

(承前)

3 未完成建物の取引

 不動産事業法は、取引時点で建設途中であり完了検査を受けていない住宅・建物(以下、「未完成建物」)についても、取引の対象とすることを認めている。新法は、まず、未完成建物の取引条件について必要書類等の詳細を定めた。

 次に、未完成建物について、取引の対象が存在しない時点での取引であるという点に鑑み、そのリスクを担保するために、現行法では、販売価格又は購入賃貸価格を分割払いとすること、かつ第1回の支払いが契約額の30%を超えないことという規制を課していたが、新法はより詳細な規定を置いた。主要な点は以下のとおりである。

 まず、手付金は、販売価格又は購入賃貸価格の5%以下とする手付金の上限規制が設けられた。第1回の支払いが契約価格の30%を超えてはならないという規制は現行法と同様だが、その30%には上記の手付金も含まれなければならない。これにより、従前は、第1回の支払いについて上限があったにもかかわらず高額な手付金を求められる事例もあったようだが、手付を含めた初期投資額の上限が明確になり、より消費者にとって購入がしやすくなったといえ、購入層の広がりや不動産投資の活発化も期待される。

 第2に、未完成建物については、契約とおりの引渡が実行されない場合に備え、不動産事業者は、原則として、銀行と保証委託契約を締結し、売買契約の日から原則として10日以内に銀行が発行する保証書を差し入れなければならない。ただし、現行法の下では、事業者が銀行に支払った保証手数料を販売価格に転嫁させ、結果として銀行保証があることにより不動産価格が高くなるという現象が生じるという事例があった。この点を踏まえ、新法では、銀行保証の要否については顧客が選択できることとし、顧客は、未完成建物を購入するにあたり、保証料相当分を負担して割高だが安心できる形で購入するか、リスクを負担して割安に購入するかを選択できることとなった。

 

4 不動産サービス事業

 現行法と同じく、新法下でも、外資企業は、①不動産仲介、②不動産取引所、③不動産コンサルティング、④不動産管理の全ての不動産事業サービスを行うことができる。このうち日系デベロッパーが登録していることが多い③④のサービスについては、草案段階では要件が加重され、外資企業にとって参入障壁が高くなることが懸念されていたが、新法では逆にやや緩和される方向となったと評価してよいように思われる。

 

① 不動産仲介

 現行法において、法人が不動産仲介業を行う場合には、原則として2名以上の有資格者を有する必要があるとされていたところ、新法では、有資格者の人数は1名以上となった。

 他方、新法では「仲介を行うための設備等を有すること」という条件が追加されているが、その具体的な内容について現段階では不明である。また、不動産仲介サービス事業の開始前には、管轄当局に法人情報を提供する必要がある。

 個人が不動産仲介業を行う場合には、ライセンスを取得したうえで、不動産取引所を営む企業又は不動産仲介企業で不動産仲介サービスを提供しなければならない。現行法では、ライセンスを取得して一定の税金を支払うことで個人も不動産仲介業が可能とされていたが、新法の下では、個人の事業として不動産仲介事業を行うことはできなくなったものと理解される。

 

② 不動産取引所の運営

 不動産取引所の運営について、現行法下では、運営する取引所の情報を自社ウェブサイトで公開し、同じ情報を省・直轄市の建設局又は不動産市場管理当局に提供すれば足りるとされているが、新法は、草案時に提案されていた建設局からの運営ライセンスの取得という要件を維持している。

 

③ 不動産コンサルティング・不動産管理

 不動産コンサルティング・不動産管理を行うにあたっては、現行法同様に法人の設立が必要であり、かつ、事業開始前に、「事業が所在する省・直轄市の不動産事業管理当局に法人情報を提供しなければならない」という要件が追加された。草案段階では、外資企業については建設省の住宅不動産管理局に「登録」することが新たな要件とされており、手続き的な煩雑さや実質的な条件・審査による参入障壁の高まりが懸念された。新法では、「登録」要件は削除され、「情報提供」にとどまった形である。新法で要求されている「情報提供」は、新法で新たに導入された不動産情報システムに公開するためのものということであるとされており、文言上は「登録」より軽い手続きであるようには見えるものの、「情報提供」にかかる手続きや内容等の詳細は未定であり、また、情報公開をするにあたって何らかの条件・審査が課される可能性も否定できないため、現時点においては、上記の懸念が完全に払拭されたとまでは言いがたく、今後のガイドラインや実務の運用の動向を注視する必要があると思われる。

 不動産コンサルティングについては、事業の実施にあたって必要な要件として、直接相談にあたる者は「相談の分野に関する資格・証明」等を有することが規定された。ただし、ここで要求される適切な資格等は何かという点は明確ではなく、これも今後のガイドライン等を待つ必要がある。

以 上

 

[/groups_member]

(いのうえ・あきこ)

2008年東京大学法学部卒業。2010年東京大学法科大学院修了。2011年弁護士登録(第一東京弁護士会)。2018~2020年、長島・大野・常松法律事務所ハノイ・オフィス勤務。日本における人事労務対応、紛争・不祥事対応、ベトナムにおける日本企業の事業進出・人事労務問題等への法的アドバイス、現地における企業活動に関する法務サポートを行っている。

 

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。

当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ、ジャカルタ及び上海に拠点を構えています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。

詳しくは、こちらをご覧ください。

タイトルとURLをコピーしました