インド:日本企業への影響はあるか?
――インドにおけるSBO報告に関する義務違反に基づく制裁(5)――
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 山 本 匡
10 登記局の判断
LinkedIn India社の主張に対して、登記局は、LinkedIn India社が支配又は重要な影響の基準を考慮していないとした上で、同社の主張それぞれに対して反論している。例えば、Roslansky氏が対象会社の日常業務に関与していないこと、同氏が独立した個人として支配や重要な影響を行使していないとの主張に対し、法律上、SBOが必ずしも会社の日常業務に参加しなければならないとか、会社の業務を直接支配しなければならないとは規定されておらず、支配又は間接的に支配もしくは重要な影響を行使する権利も、支配又は重要な影響の行使に等しいことは明らかであると反論している。また、重要な影響又は支配を行使する権利は、法律又は契約上の権原に基づくものでなければならないという主張に対し、重要な影響や支配は書面による契約又は法律に基づいてのみ行使することができるという要件は法律上存在しないと反論している。
そして、登記局は、「holding subsidiary relationship」、「reporting channel test」及び「test of financial control」という3つの基準によりSBO該当性を判断し、結論としてNadella氏及びRoslansky氏がLinkedIn India社のSBOであるという結論に至っている。登記局の判断の概要は以下の通りである。
⑴ holding subsidiary relationship
インド会社法の定義上、親会社(holding company)とは、一又は複数の他の会社との関係で、それらの会社が子会社である会社をいい、子会社(subsidiary)とは、他の会社(即ち、親会社)との関係で、親会社が取締役会の構成を支配し、又は単独で又は一もしくは複数の子会社とともに、総議決権の過半数を行使又は支配する会社をいう。LinkedIn USA社がLinkedIn India社の親会社であることから、Roslansky氏とNadella氏がLinkedIn India社のSBOであると結論づけられる。
LinkedIn India社から提出を受けた情報によると、同社の株主構成は以下の通りである。
この株主構成によると、LinkedIn USA社自体はLinkedIn India社の株式を保有しておらず、子会社を通じた株式保有もない。一方で、LinkedIn India社の財務諸表において、LinkedIn USA社はLinkedIn India社の親会社と記載されている。その理由の説明として考えられ得るのは、LinkedIn USA社がLinkedIn India社の取締役会の構成を支配する能力を有するということのみである。そして、LinkedIn USA社の取締役会は2人の取締役で構成されているところ、当該2人の取締役はLinkedIn India社の取締役でもあり、個人が自らを支配することはできないため、LinkedIn USA社によるLinkedIn India社の支配は、前者の取締役会が後者の取締役会を支配していることではなく、他に求めなければならない。LinkedIn USA社のCEO兼PresidentであるRoslansky氏が同社の最も役職の高い役員であり、その附属定款(SECのウェブサイトで公表されているものでMS社が買収した直後のもの)でPresidentがLinkedIn USA社の最も役職の高い役員であることが示唆されている。加えて、同社のウェブサイトでRoslansky氏がリーダーと記載されている。これらの理由から、Roslansky氏がLinkedIn India社の取締役会を支配する能力を有するため、同社のSBOである。
LinkedInのウェブサイトにおいて、Roslansky氏がNadella氏の直属下にあり、MS社のシニア・リーダーシップ・チームの一員であることが公表されており、Roslansky氏がMS社のシニア・リーダーシップ・チームの一員であることは、同社の年次報告書からも裏付けられる。したがって、Nadella氏もLinkedIn India社のSBOである。
⑵ reporting channel test
LinkedIn India社には、Keith R. Dolliver氏、Benjamin O. Orndorff氏及びHenry Fong氏を含め、5人の取締役がいるところ、Keith R. Dolliver氏及びBenjamin O. Orndorff氏はMS社がLinkedIn USA社を買収した際に同社の取締役に就任し、同社のそれまでの取締役は全員退任した。買収後の両氏の選任がMS社の指示によること、両氏はMS社によるLinkedIn USA社の買収の結果、LinkedIn India社の取締役に選任されたことは明らかである。両氏は、世界の様々な国の多くのMS社とLinkedIn USA社のグループ会社の取締役に就任しており、最も注目すべきは、両氏が、MS社の下にあって、LinkedIn India社の直接・間接株主であるLinkedIn Ireland Unlimited Company及びMicrosoft Ireland Research Unlimited Companyの取締役を兼任していることである。両氏の職業は、Form DIR-2(取締役への就任の同意)[1]において弁護士と記載されている。MS社のVice Chair兼PresidentであるBrad Smith氏は同社の法務部門のトップであり、Chairman兼CEOであるNadella氏の直属下にある。
LinkedIn India社の取締役であるHenry Fong氏は、LinkedIn USA社のAssistant Secretaryであり、世界の様々な国にある他の多数のLinkedInグループ会社の取締役である。重要なことは、同氏がLinkedIn India社の全ての直接・間接株主(即ち、Linkedln Ireland Unlimited Company、Linkedln Worldwide、LinkedIn Technology Unlimited Company及びLinkedln International)の取締役に就任していることである。Henry Fong氏は、LinkedIn USA社のSecretaryで、Senior Vice President兼General CounselであるBlake Lawit氏の直属下にあり、Blake Lawit 氏は、LinkedIn USA社のPresident兼 CEO であるRoslansky 氏の直属下にある。
LinkedIn India社の取締役の選任には明確なパターンがあること、当該取締役はLinkedIn India 社から報酬を受領していないこと、これらの取締役は親会社を退社するとLinkedIn India社を辞職すること、これらの個人は数か国にまたがるMS社及びLinkedInグループ会社にも関係していることから、これらの取締役はMS社の利益を代表し、そのため、MS社の指名を受けた者である。
Nadella氏のMS社におけるリーダーとしての役割を理解するには、同社の附属定款を理解することが重要であるところ、同社の附属定款の規定から、CEOが事業の全般的な責任を負い監督することは明らかである。取締役会と同様に、CEOは、MS社の他の役員の職務を指定することができ、CEOによる他の役員の職務の指定は、それが見直され、又は変更されない限り、完全に効力を有する。また、Nadella氏はMS社のChairmanでもあるところ、同社の附属定款の規定によれば、Chairmanが株主総会の議題を決定し、附属定款を解釈して指名の結末や議事の進行を決定する権限を有することは明らかである。
LinkedIn India社の取締役の過半数はLinkedIn USA社又はMS社の従業員であり、その報告先がRoslansky氏又はNadella氏であることは明らかである。現行の規則では、直接的保有のみを通じたものを除き、何らかの方法で重要な影響又は支配を「行使する権利」というシナリオをカバーしているが、実際に支配権や重要な影響を行使していることを証明する必要はない。上記の幾重もの報告ルートを通じて、Roslansky氏又はNadella氏がLinkedIn India社の取締役の過半数の支配権を「行使する権利」を有することを確認できる。
⑶ test of financial control
2016年11月30日開催のLinkedIn India社の取締役会において、MS社のCFO、Treasurer及びAssistant Treasurerに対し、LinkedIn USA社とMS社の完全子会社であるLiberty Merger Sub Inc.の合併の日から4日目の日以降、LinkedIn India社の銀行口座の開設、運営、閉鎖、署名者の指定等の権限が付与された。2022年5月2日開催の取締役会では、managing signatory、operating signatory、bank guarantee signatoryの選任が変更されたが、この決議は、MS社のCFO又はTreasurerの権限に関連して、MS社の過去の取締役会決議にとって代わるものではなく、かかる決議は引き続き完全に効力を有するとされている。
このことは、MS社による財務支配の大きさを明確に示している。LinkedIn India社の財務諸表から明らかなように、同社は他のグループ会社のために多くの関係当事者間取引を行っており、MS社によるこのような財務支配は、かかる取引の理由である。いずれにせよ、署名者となったMS社の従業員は、LinkedIn India社の取締役会に対して責任を負わない。
規則上求められるのは、直接的保有のみを通じたものを除き、重要な影響又は支配を「行使する権利」を立証することのみである。LinkedIn India社の財務取引に関する支配は、主としてMS社のCEOの監督下にある従業員に帰属することから、Nadella氏の地位により、同氏にLinkedIn India社との関係で「支配を行使する権利」が与えられている。
(6)につづく
[1] インドの会社の取締役に就任する際、取締役に就任する者は、Form DIR-2により取締役に就 任することに同意しなければならない。
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(やまもと・ただし)
2003年弁護士登録。2009年から2017年にかけて、インド・シンガポールで勤務。2015年からヤンゴンにて随時執務。新興国を中心に海外進出、各種リーガル・サポートに携わっている。
長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/
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