中国:民法典の制定――人格権編(上)
~一般規定、セクハラ、肖像権~
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 鈴 木 章 史
2020年5月28日、第13期全国人民代表大会において民法典が可決され、2021年1月1日より施行される。今般、民法典には人格権に関するまとまった規定が設けられ、今後、事業活動に関連して生じる自然人の権利義務や利害関係の調整に際してこれらの規定を参照する機会が生じ得る。以下では人格権に関する規定のうち、特に重要と考えられる規定について概説する(引用条文はいずれも民法典の条文を指す。)。
人格権に関する一般規定
人格権とは、民事主体が有する生命権、身体権、健康権、氏名権、名称権、肖像権、名誉権、栄誉権、プライバシー権、身体の自由及び人格の尊厳に基づくその他の人格的権益を指すとされている(990条)。人格権は特定の民事主体に一身専属的な権利であるという考えの下、その放棄、譲渡又は相続はできないとされている(992条)。また、民法典は、死者の人格権も一定程度保護しており、死者であってもその氏名、肖像、名誉、栄誉、プライバシー、遺体などが侵害された場合、その配偶者、子、父母(これらの者が死亡している場合は近親者)は侵害者に対して民事責任を追及できるとされている(994条)。なお、人格権編には法人や非法人組織が名称権を享有することを定めた規定(1013条)もあり、人格権を享有する主体は必ずしも自然人に限られるというわけではない。
人格権の一身専属性と要保護性の高さから、権利侵害に対する救済方法に関し特別の規定が設けられており、侵害の停止、妨害の排除、危険の除去、影響の除去、名誉回復、謝罪を請求する場合において、訴訟時効の規定は適用ないため(995条)、人格権に関連する紛争への対応においては注意を要する。また、人格権を侵害する違法行為が行われ又は行われ得る証拠があり、直ちにこれを停止しなければ回復困難な損害が生じる場合、仮差止めを申し立てられることも規定された(997条)。
セクハラに関する規定
身体権に関連する規定として、近年中国社会で関心が高まっているセクハラに関する規定が設けられたことが注目に値する。これまでのところ女性従業員労働保護特別規定や地方性法規にセクハラの禁止に関する規定が設けられているが、民法典において、他人の意思に反して言語、文字、画像又は身振り等の方法でセクハラを行った場合、被害者は民事責任を追及できると規定され(1010条第1項)、セクハラに起因する請求に対し民法上の根拠が与えられた。加えて、機関、企業及び学校等は、予防、クレームの処理及び調査など合理的な措置を講じ、職権や従属関係を利用したセクハラを防止しなければならないとされ(1010条第2項)、事業者に対するセクハラ防止措置も規定化された。依然として、いかなる行為をもってセクハラと認定されるのかなどの問題はあるが、本規定の運用の動向や事業者への責任追及の傾向等について確認しておくことが望まれる。
肖像権
民法典では肖像権に関する具体的な規定が新たに設けられており、肖像権の対象となる肖像を、映像、彫刻、絵画等を通じて一定のキャリアに反映され、特定の自然人を識別できる外部イメージと定義した(1018条2項)。特定の自然人としての識別性が肖像への該当性判断において重要な要素になると考えられ、顔写真といった典型的なものだけではなく、広範な表現が肖像として保護の対象となりうるものと考えられる。また、民法典は、自然人の音声の保護については、肖像権保護に関する規定を参照する(1023条2項)としていることについても注意を要する。
民法典は肖像の使用にあたっては、原則として本人の同意が必要としたうえで、肖像権の保護と表現その他の公共の利益との利害調整の観点から、(1)個人の学習、芸術鑑賞、教育又は科学研究において公開済みのものを使用する場合、(2)ニュース報道において避けられない場合、(3)国家機関による法律に基づく義務履行の場合、(4)特定の公共環境を表示する際に避けられない場合、(5)公共の利益又は肖像権者の権益を維持する目的の場合、については、同意が不要とされている(1020条)。
また、肖像の使用にあたっては肖像権者との間でその使用に関する契約を作成することがあるが、肖像権の使用許諾契約において肖像利用の条件の解釈に争いがある場合、肖像権者に有利に解釈しなければならない(1021条)とされており、同種の契約の作成にあたっては注意を払う必要がある。
(下)に続く