ベトナム:改正投資法施行令(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 鷹 野 亨
1. はじめに
ベトナムでの投資について規定する投資法が5年ぶりに改正され、2021年1月1日に施行された(以下「改正投資法」という。)。その要旨については、SH3299 ベトナム:投資法の改正①及びSH3300 ベトナム:投資法の改正②を参照されたい。
この改正に伴い、2021年3月26日に、改正投資法の施行令に該当する政令31/2021/NÐ-CP号(以下「政令31号」という。)が施行された。この政令の施行により、政令118/2015/NÐ-CP号など旧投資法の施行令は失効している。
政令31号では、改正投資法に基づき、外国投資家による市場参入規制や、投資に関する各種手続きについて規定している。本稿では、政令31号の内容について、外国投資家による投資活動に実務上影響があると思われる内容を中心にご説明したい。
2. 外国投資家に対する市場参入制限事業分野リストの公表
改正投資法では、(A)外国投資家の参入が認められていない事業分野及び(B)条件付きで外国投資家の参入が認められる事業分野について別途規定するとしていたところ(同法9条)、政令31号にてこのリストが定められた。なお、このリストに挙げられていない事業分野については、内国投資家と同様の投資条件が外国投資家にも適用されることになる。
このリストで挙げられた事業分野の例は以下の通りである。
(A) 外国投資家の参入が認められていない事業分野:25分野
- 報道・情報収集事業、漁業、労働者海外送り出し事業、家庭ゴミ直接収集事業、世論調査サービス、中古船舶の輸入・解体事業、公共郵便事業、貨物積替事業、知的財産代理・評価サービスなど
(B) 条件付きで外国投資家の参入が認められる事業分野:59分野
- 広告事業、印刷・出版事業、教育サービス、水力・風力・原子力事業、賭博カジノ事業、警備サービス、法務サービス、観光業、スポーツ・娯楽事業、製紙事業、農林水産業関連サービス、廃棄物収集事業、商取引仲介事業、運送業、Eコマース事業など
これまでは個別の法令を参照して市場参入規制があるかを確認していたが、上記リストが公表されたことで、その確認が容易になった。
(B)について、計画投資省は、同省のウェブサイト[1]上で、一部の事業分野の市場参入条件及びその法的根拠について公表を開始している。その公表により、当局の裁量で判断されることもあった市場参入条件が明らかにされていくことが期待される。
もっとも、市場参入条件が個別の法令で新たに規定された場合、計画投資省のウェブサイト上で公表されるか否かにかかわらず、当該市場参入条件が適用されると定められている(政令31号18条3項)。そのため、実際に投資を検討している事業分野の市場参入条件については、上記リストや計画投資省のウェブサイトのみでなく、個別の法令や政令に関する最新の状況の確認も依然必要となろう。
3. M&A登録に関する改正
(1)改正投資法の内容
改正投資法では、以下の場合にM&A登録と呼ばれる手続きを行う必要があると規定している(同法26条)。
- ① 外国投資家が、条件付きで外国投資家の参入が認められる事業分野を行う企業等に投資して、外国投資家の保有割合が増す場合
- ② 外国投資家が、出資又は株式・持分の取得の結果、ベトナム内国企業の定款資本の50%超を保有することになる場合(株式・持分の取得対象となるベトナム内国企業における外国投資家全体の保有比率が、従前よりも増加しないときは除く)
- ③ 外国投資家が、国境、沿岸地域及びその他国家安全保障に影響を与える地域の土地の使用権等を所有する企業等に出資する場合
(2)申請書類について
政令31号が施行されるまでは、M&A登録に必要な書類については、計画投資省発行のオフィシャルレター8909/BKHĐT-PC号及び324/BKHĐT-PC号が適用されていた。同レターでは、M&A登録には「外国投資家と出資・株式購入・持分購入を受ける経済組織との間における出資・株式購入・持分購入に関する合意書」が必要と規定されており、文字通り読めば、外国投資家とその株式・持分の対象会社との間の合意書が必要であるように思われる。しかしながら、この合意書がいわゆる株式・持分の譲渡契約書を指しているとすれば、通常その合意の当事者は株式・持分の譲渡人と譲受人となり対象会社は含まれないため、文言が不合理であるとの指摘がなされていた。実務においても、対象会社を当事者に含まない通常の株式・持分の譲渡契約書の提出でも認められることが多かった。
これに対して政令31号では、「外国投資家と株式・持分の保有者との間の合意書」もM&A登録の提出書類として認めると明記されたことで(同政令66条)、上記問題点は解消されたといえる。一方で、当該文書の表記について「合意書(agreement)」から「原則合意書(in-principle agreement)」に変更されているため、従来の株式・持分の譲渡契約書をそのまま提出できるのか、字義通り「原則合意書(in-principle agreement)」と題した文書が必要になるかについては不明確になっており、現時点では管轄当局へ事前に確認することが望ましい。
(3)「その他国家安全保障に影響を与える地域」について
また、政令31号では、上記③の「その他国家安全保障に影響を与える地域」について、以下の通り定義している(同政令2条8項)。
- (a) 防衛・軍事エリア保護に関する法令に基づく安全防衛建設物、軍事エリア、制限エリア、保護エリア又は防衛・軍事エリアの緩衝地帯を含む地域
- (b) 公安により警護される、政治的、経済的、外交的、科学的、技術的、文化的及び社会的に重要な地点に接する地域
- (c) 国家安全保障に関連する重要な建築物
- (d) 国防と社会経済の観点から政府の規制下にある経済防衛区
- (e) 首相決定に基づき、軍事防衛上価値を有する地域
- (f) 住宅法に基づき、国防又は安全を確保するため、外国の組織又は個人が家屋を所有することを認められていない地域
(4)実務への影響
改正投資法において、上記(1)②の場合について、株式・持分の取得対象となるベトナム内国企業における外国投資家全体の保有比率が従前よりも増加しないときは除くことが法文上明らかになったことにより、M&A登録が必要な場面は減少すると予想された。しかしながら、現時点では、上記の場合に該当しているにもかかわらず、当局がM&A登録を要請するケースが確認されている。
また、上記(3)についても、具体的にどの地域が「その他国家安全保障に影響を与える地域」に該当するかは、当局の裁量の幅が大きく予測が難しい。今後実務の運用が固まっていく中で解消されることを期待したいが、現時点では念のため管轄当局にM&A登録の要否を事前に確認してから取引を進めることが安全策であろう。
(2)につづく
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(たかの・とおる)
2009年東京大学法学部卒業、2011年慶應義塾大学法科大学院修了、2012年日本国弁護士登録(第一東京弁護士会)、2013年より東京都内企業法務系法律事務所で勤務の後、2015年~2017年経済産業省製造産業局模倣品対策室勤務を経て、現在は長島・大野・常松法律事務所ホーチミンオフィスに勤務し、主に、ベトナムへの事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。
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