SH3772 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第26回 第5章・Delay(2)――EOTその2 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/09/30)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第26回 第5章・Delay(2)――EOTその2

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第26回 第5章・Delay(2)――EOTその2

3 EOTに関する変更ルール(手続)

⑴ 特徴及びその合理性

 第9回においても述べたことであるが、リスク分担ルールは、定性的な定めに留まり、具体的な日程として延長後の工期を定めるものではない。これは、契約締結時に定められるものではなく、契約締結後に生じた事象を踏まえて、事後的に定める必要がある。そこで、不完備契約である建設・インフラ工事契約においては、不可避的に生じるかかる要請につき、効率的に対処するための変更ルールという「手続的」な規定が重要な意味を持つ。

 EOTに関する変更ルールの特徴として、最初に、ContractorがEngineerに対してClaim通知を発することが必要であり、当該通知において、根拠を示しつつ工期延長をContractorが求めることになる(20.2項)。すなわち、EOTはContractorからの請求として行われ、これが認められれば工期が延長されるが、認められなければ工期は延長されず、もとの工期のままとなる。

 これは、訴訟手続的な観点で見ると、比喩的な言い方ではあるが、EOTについてはContractorが主張立証責任を負っている。また、工事がもとの工期に遅れていることは、日時から客観的かつ明確に分かることであり、争いようがない。したがって、ContractorがEOTの主張立証に成功しなければ、工事の遅れについてContractorは責任を負わざるを得ない、というのが基本となる。

 主張立証責任の分配については、日本法では、該当法令の規定内容および趣旨に加えて、当事者間の公平の観点から、関連する事実および証拠との距離等が考慮される。なお、主張立証責任の分配ルールは、筆者らが認識する限り国毎の差異はさほど大きくなく、この観点は一定程度普遍性があると言って、差し支えないと考えている。

 しかるに、EOTの根拠となる事実および証拠に対する距離は、工事を行っているContractorの方が、Employerよりも近いといえる。したがって、EOTに関する主張立証責任をContractorに課すという考え方は、主張立証責任の分配ルールにおける上記観点に照らし、合理的である。

 また、FIDICは工事の円滑かつ迅速な完成を意識するところ、Contractorに対して当該主張立証責任を課すことは、Contractorにとって、迅速な工事完成に対する一つのインセンティブとなる。すなわち、Contractorとしては、EOTに関する主張立証責任の負担を回避するために、あるいはその主張立証に失敗し、遅滞責任が課されるリスクを回避するために、工期通りに工事を完成させるインセンティブを負うことになる。工事の迅速な完成に対する影響度は、通常Contractorの方がEmployerよりも強い以上、当該インセンティブの設定は、合理的といえる。

 

⑵ 争いがある場合

 EOTの変更ルールは、ContractorのEngineerに対するClaim通知によって始まる。これに対し、Engineerが許諾の応答をする(20.2項)。この応答で決着がつかない場合、すなわち、Contractorに不服がある場合には、第18回で述べたとおり、概要、以下の流れで対応することになる(詳細については、紛争の予防および解決の章で解説する)。

 ただし、以下の流れの途中の段階で解決すれば、その後の段階に進むことはない。また、DAABによる和解協議あっせんは、これを行うことについて、当事者が合意した場合のみ行われる(21.3項)。

 

Engineerによる和解協議のあっせん

Engineerによる暫定的な判断

DAAB(Dispute Avoidance/Adjudication Board)による和解協議あっせん

DAABによる判断

(DAABによる判断に異議が唱えられた場合)仲裁廷による判断

 

 なお、上記の各手続は、Yellow BookおよびSilver Bookにおいても、特に異ならない。Silver Bookにおいて、Engineerが、EmployerまたはEmployer’s Representativeにとって代わられる程度である。

 

4 EOTのEmployerにとっての必要性

 前回述べたとおり、EOTを認めるということは、基本的には、遅滞の損失をEmployerに帰属させるということである。ただし、EOTはEmployerにとっても、必要なものである。
 

 たとえば、Employerが工期内に完了できない量の追加発注をすることは、EOTを認める条項があるからこそ可能となる。EOTないし工期の延長が認められないことを前提とすると、工期内に完了できない量の追加発注は、契約上禁止されていると解さざるを得ず、Employerの契約違反行為として効力を否定することになると解される。

 長期間におよぶ大規模な建設・インフラ工事において、契約期間中に、Employerのニーズその他の状況が変化し、工期内に完了できない量の追加発注をEmployerが望むことはあり得ることである。EOTを認める条項があることによって、このような追加発注が可能となり、換言すれば、このような状況の変化に柔軟に対応することが可能となる。

 また、EOTを認める条項が存在しない場合、コモン・ローの下では、工期内に完了できない事情が生じた際、第24回で言及したtime at largeの考え方が適用される可能性がある。

 前回述べたとおり、EOTは、延長後の新たな期限を定めるものであり、Contractorは当該期限までに、工事を完成させる義務を負うことになる。これに対し、time at largeの概念が適用されると、明確な期限ではなく、「合理的期間」内に工事を完成させればよいことになる。すなわち、Employerとしては、EOTを認める条項があることによって、time at largeの状況を避けることができ、常に明確な期限(工期)を確保することができる。

 以上のとおり、EOTは、Contractorの利益を守るだけのものではなく、Employerのニーズや利益を守るものでもある。EOTの問題に対処する際には、この視点にも留意するべきである。

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