タイ:事業更生手続の利用促進のための破産法改正案に関する閣議承認(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 中 翔 平
コロナウイルス感染症の収束の兆しが見えない昨今であるが、タイにおいては、国民のワクチン接種率が上がってきており、タイ政府は、近い将来の開国に向けた準備を着々と進めている。もっとも、コロナウイルス感染拡大に伴い人の往来が制限された結果、観光大国であるタイは甚大な経済的ダメージを受けており、事業者に対する事業再生への途を確保することが喫緊の課題である。これに呼応する形で、2021年8月10日に、事業更生手続(日本における民事再生手続及び会社更生手続に相当する。)の改正を目的とした破産法(Bankruptcy Act B.E. 2483 (1940))(以下、「破産法」という。)の改正案(以下、「本改正案」という。)が閣議で承認された。本改正案は、今後、関係当局の意見聴取手続を経た後、議会で審議される予定であるため、改正内容について変更があり得る点には留意されたい。また、本改正案の具体的な制定・施行時期は未定である。本稿では、現行の事業更生手続及びその問題点を概観しつつ、本改正案における主な変更点を紹介する。
1. 現行の事業更生手続
タイの法定の倒産手続には大きく分けて破産手続及び事業更生手続が存在するが、これらはいずれも破産法に定められている。そして、現行の事業更生手続においては、通常の事業更生手続と中小企業向けの事業更生手続が存在する。通常の事業更生手続の対象となる債務者は、非公開会社、公開会社及びその他の規則により規定された法人に限られている。通常の事業更生手続の申立てを行うためには、①債務者が支払不能又は債務不履行状態であること、②事業更生の合理的な理由及び見込みがあること、並びに③債務総額が1,000万バーツ以上であること等が求められる。事業更生手続の申立てが行われると裁判所は事業更生手続の申立ての受理の可否を決定し、申立てが受理されるとオートマティックステイ(債権者による訴訟手続、強制執行手続及び一定期間の担保権実行の禁止並びに事業許認可の取消の禁止等)の効力が生ずる。その後、審尋期日を経て、正式に事業更生手続の開始決定を受けた後は、更生計画作成者により更生計画が作成され、債権者集会の承認を経て、裁判所により承認される必要がある。以上が通常の事業更生手続の流れを示したものである。もっとも、更生計画が裁判所に承認されるまでには時間と費用がかかることや事業規模の大きくない中小企業にとっては上記③の申立要件をそもそもクリアできない場合があるといった問題が存在した。
そこで、2016年の破産法の改正により、中小企業向けの新たな事業更生手続(以下、「SME向け事業更生手続」という。)が新設された。SME向け事業更生手続の主な特徴としては、自然人や組合も利用可能であること、及び、申立要件が債務者の属性によって緩和されていることが挙げられる。例えば、非公開会社においては、債務総額が300万バーツ以上(かつ、1,000万バーツ未満)で足りるとされている。他方で、通常の事業更生手続と異なり、SME向け事業更生手続の対象となる債務者は、一定の要件を満たす製造業、卸売業又は小売業その他のサービスに関して中小ビジネスを営む者で、中小企業振興事務局に登録されている自然人、パートナーシップ、法人等に限定されている。また、SME向け事業更生手続の申立ての際には、申立てと同時に、事業から生じた債務額の3分の2以上を有する債権者の承認を得た更生計画を提出することが必要とされている。そのため、現行のSME向け事業更生手続の下では、中小企業振興事務局に登録していない中小事業者はSME向け事業更生手続を利用することができなかった。また、SME向け事業更生手続の申立ての際に、常に事前に債権者の承認を得た更生計画を提出することが求められることは、中小企業者にとって手続的負担が大きく、実際上、2016年の破産法の改正以降、SME向け事業更生手続が利用された例はごくわずかであった。
2. 本改正案における主な変更点
本改正案は、通常の事業更生手続は基本的に維持しつつ、SME向け事業更生手続の要件の緩和(以下、本改正案による改正後のSME向け事業更生手続を「簡易事業更生手続」という。)を行い、また、現行のSME向け事業更生手続において必須要件とされていた、更生手続申立時の更生計画の提出を要件とした事業更生手続を広く一般的に認めた新たな事業更生手続(以下、「プレ・パッケージ型事業更生手続」という。)を設けている。したがって、本改正案により、事業更生手続は、以下の表に記載の3種類に分類することが可能である。
手続類型 | 債務者 | 債務総額 | その他 |
通常の事業更生手続 (破産法第3章の1) |
法人 | 5,000万バーツ以上 | 次稿2.4.参照 |
簡易事業更生手続 (破産法第3章の2) |
自然人、組合、法人 | 300万バーツ以上、5,000万バーツ未満(法人の場合)[1] | 次稿2.4.参照 |
プレ・パッケージ型事業更生手続 (破産法第3章の3) |
通常の事業更生手続又は簡易事業更生手続の要件を満たした債務者 | 債務者の属性に応じ、上記いずれかの要件を適用 | 申立前に債権者による更生計画の事前承認が必要 |
本改正案では、事業更生手続の類型の再整理がなされたことに伴い、種々の手続の改正がなされているが、次稿では主な変更点・留意点を紹介する。
(2)につづく
[1] 自然人の場合は200万バーツ以上、組合の場合は300万バーツ以上(いずれも上限額なし。)。
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(なか・しょうへい)
2013年に長島・大野・常松法律事務所に入所。プロジェクトファイナンス、不動産取引、 金融レギュレーション及び個人情報保護の分野を中心に国内外の案件に従事。2020年5月 にUniversity of California, Los Angeles School of Lawを卒業後、2020年12月より当事務所 バンコク・オフィスに勤務。現在は、主に、在タイ日系企業の一般企業法務及びM&Aのサ ポートを中心に幅広く法律業務に従事している。
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