カンボジア:最低賃金の上昇
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 田 島 圭 貴
1 上昇を続ける最低賃金
カンボジアは、これまで、周辺諸国と比較して人件費が安価なことなどから、タイプラスワンの候補地のひとつとして注目を集めてきた。2014年6月30日には、小売り大手のイオンがカンボジア1号店となるショッピングモールをプノンペン市内で開業するなど、日系企業の進出も進んできている。しかし、昨今、最低賃金が急速に上昇している。
2014年6月30日、カンボジア労働諮問委員会(労働職業訓練省、カンボジア縫製製造業協会及び労働組合の代表者から構成される)は、現在100米ドルとされている縫製・製靴業の工場労働者の最低賃金の改定に関して、7月から内部での議論を開始し、10月に新しい最低賃金を決定のうえ、2015年1月1日から新しい最低賃金を適用することを決定した。これにより、2000年に45米ドル、2013年後半に80米ドルであった最低賃金が2015年1月には100米ドルを超えることが予想される。
昨今のこうした最低賃金の急速な上昇の背景には、最低賃金をめぐる与野党間の政治的な駆け引きがあるといわれている。
2 最低賃金をめぐる政治的駆け引き
カンボジア人民党率いるカンボジア政府は、2013年5月、それまで「2014年までは最低賃金を引き上げない。」と公表していたにも関わらず、最低賃金を61米ドルから80米ドルに引き上げた。この背景には、当時国内で多発していた最低賃金の引き上げを求めるストの抑制のほか、最大野党のカンボジア救国党が2013年7月のカンボジア国民議会総選挙を前に、最低賃金を150米ドルへ引き上げることを公約したことに対抗する意図があったとされる。結局、同選挙では、カンボジア人民党が過半数の議席を獲得し政権を維持したものの、大幅に議席を増やしたカンボジア救国党は、選挙後、党首自ら、カンボジア東部の町バベット近郊の経済特区に赴き、カンボジア人民党政権が最低賃金を160米ドルへ即時引き上げるまでストを継続することを労働者に呼びかけるなど、最低賃金の問題を政治問題化し、政権批判の材料とした。
かかる動きを背景に、2013年12月24日、カンボジア労働諮問委員会は、最低賃金を、2014年4月1日より95米ドルとし、その後5年間にわたり段階的に引き上げ、2018年1月には160米ドルとする内容の最低賃金上昇スケジュールを公表したが、160米ドルへの即時引き上げを求める労働者の強い反発はなお収まらず、そのわずか1週間後の2013年12月31日、カンボジア政府は、当該スケジュールを破棄し、2014年2月から最低賃金を100米ドルに引き上げることを発表した。
冒頭に記載した最低賃金改定の決定は、かかる最低賃金引き上げの前倒しにもかかわらず最低賃金の引き上げを求める大規模なストやデモが続いたことを背景になされたとされるが、カンボジア救国党や労働者が要求する160米ドルへの即時引き上げには応じていないため、この措置により政権批判やストをどの程度抑えることができるのかは未知数である。
現在のカンボジアの最低賃金(100米ドル)は、タイの最低賃金(1日約9米ドル)と比較すれば依然として低水準にあるといえる。しかし、ベトナム国内で最低賃金が最も低い地域(約90米ドル)と比較すると、既にカンボジアの最低賃金の方が高い状況にある。今後カンボジアで最低賃金の上昇が続けば、インフラ等の点でタイやベトナムに劣るカンボジアの魅力が薄れていく可能性は否定できない。その反面、最低賃金の引き上げを求めるストが暴徒化したことにより事業施設の破壊や死傷者の発生という被害も生じており、その面からの投資への影響も懸念されている。カンボジア政府は、積極的な外国投資の誘致を継続するために、安価な賃金水準を保ちつつ、最低賃金の引き上げを求めるストも抑制しなければならないという難しい対応を迫られており、今後の政策の行方が注目される。