中国:近時の中国独禁法の厳罰化傾向と日系企業への影響(上)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 鹿 はせる
近時、中国当局が独禁法に基づき、アリババ等のIT企業の処罰を強化している旨の報道が相次いでいる。確かに、2020年末のアリババ、テンセント等に関する企業結合届出義務違反に対する処罰の公表を皮切りに[1]、中国の独禁当局である中国市場管理監督総局(以下、英文名称の略称に従って「SAMR」という。)の厳罰傾向は続き、2021年は年間を通じて数多くの処罰が公表された。しかし、それらの厳罰化の背景にある事情及び日系企業にとっての影響に関しては、必ずしも詳細に触れられていない。本稿では、処罰が行われた事案の概要・背景及び当局の厳罰化傾向が日系企業にどういった影響を与えうるか、解説を試みる。また、昨年は当局による行政処分の他、中国で日系企業にとって重要な独禁法の民事訴訟の判決も下されており、同判決についても紹介する。
1. 2021年に行われた独禁法に基づく処罰の概況
昨年SAMRが公表した処罰のうち、日本で広く報じられたものだけでも、①アリババグループに対して市場支配的地位の濫用行為を実施したとして182.28億人民元(約3275億円)の制裁金が課された件(2021年4月10日公表)、②中国フードデリバリーサービスの最大手である美団がアリババ同様の市場支配的地位の濫用行為を実施したとして、34.42億人民元(約618億円)の制裁金が課された件(2021年10月8日公表)、③アリババ、テンセント等のIT企業がこれまでに行ってきた企業結合の届出義務違反で多数の処罰を受けた件[2]、④複数の大手日系企業が企業結合届出義務等の違反を行ったとして処罰を受けた件等がある。
このうち、③、④の企業結合届出義務違反による処罰事例は、いずれも一方当事者がVIEスキームを取る中国国内のIT企業であり、従来企業結合届出を行うことが困難であったという特殊事情がある[3]。2021年のアリババ、テンセントに対する処罰の延長線上に位置するものであり、制裁金は現行法の上限である50万元が課されているケースが多いものの、企業に対する経済的ダメージはさほど大きくない。もっとも、複数の日系企業が、いずれもこれらの中国企業と合弁会社を組成するにあたって企業結合届出義務に違反したとして処罰を受けていることから、今後日系企業としては、VIEスキームを取る中国企業との間であっても企業結合取引を行う際に、中国での企業結合届出義務を怠らないよう、警鐘が鳴らされたこととなる[4]。
他方で、①、②のアリババ及び美団の処罰については、とりわけアリババに対する制裁金が中国独禁法施行以来過去最高額であったことから、日本でも広く報じられているが、両社が処罰を受けた理由である、日本では聞き慣れない「二者択一行為」について、アリババの処罰事例を中心に紹介する。
2. アリババが行った「二者択一」行為
「二者択一」は文字通り、二つの選択肢から一つを選ぶ行為であり、中国独禁法の文脈で使用される場合は、取引の相手方に対して自らと取引するか、自らの競合者と取引するかの排他条件付取引を求めることを意味する。アリババに対する処罰決定書では、アリババは2015年以降、同社が開設する消費者向けデジタルプラットフォームの出店者に対して、他の消費者向けデジタルプラットフォーム上において出店しないよう要求することで、中国独禁法17条4項「正当な理由なく、取引相手に対して自らとのみ取引するよう制約すること」に違反し、支配市場的地位の濫用行為にあたると認定された。
このような「二者択一」を取引の相手方に要求することは、明らかに競合者の排除を目的としたものであり、独禁法の立法趣旨からして違反となることは自明のようにも思える。しかし、中国ではこのような取引の相手方を拘束する行為は「市場支配的地位の濫用行為」の違法類型として規定されており、違法と認められるためには、違反者が「市場支配的地位」を有していることが必要となる。
中国独禁法では、「市場支配的地位」の認定要素が18条に列挙されているが、19条に一定の高い市場シェアを有する事業者については当該地位を推定する規定がおかれていることから、実務上は違反を主張する者は、まず違反者が高い市場シェアを有していることを立証する必要があり、そのハードルが高い(違反者が単独の事業者である場合、原則として、関連市場における市場シェアが50%以上である必要がある。)[5]。本件においても、SAMRは関連市場を「中国国内における消費者向けデジタル・プラットフォームサービス市場」と認定したうえで、アリババの市場シェアは直近5年(2015年―2019年)で常に60%を超えていたことを認定し、「市場支配的地位」を有していたと認定している[6]。
また、取引の相手方に対して、競合者と取引しないよう明示的に書面で約束させるのであれば、違反が認められやすいが、アリババが行っていた行為はより巧妙なものであった。本件処罰決定書によれば、アリババは一部の出店者に対しては、契約書の中で明示的に競合プラットフォームに出店してはならない旨を規定していたものの、より多くの場合は、口頭等の事実的方法により、①出店者に対して競合プラットフォームに出店しないこと、②出店する場合においては商品のラインナップ、数量等を自身のプラットフォームだけに出店する者と比べて待遇を下げること、③6月18日や、11月11日など、商品が集中的に販売されるセール期間においては競合プラットフォームセールイベントに参加しないこと等を求めていたようである。さらに、アリババは④出店者の競合プラットフォームにおける出店及びセールの実施状況を監視し、要請に従わない出店者に対しては、アリババのプラットフォームにおけるセールの参加資格を取り消す、検索順位を下げるといったペナルティを与えていたことが認定されている。
アリババはこれに対して、出店者との間における合意は出店者自らの意思に基づくものであり、アリババは合意の対価として、セールイベントへの参加権等プラットフォーム内における便益を与え、上記ペナルティは出店者の契約違反に基づくものであるから「正当理由」があるとの反論を行っていたようである。しかし、SAMRは、調査により出店者は複数のプラットフォームにおいて同時に店舗を開設することを望むのが一般的であり、アリババとの合意が自らの意思に基づくものとはいえない等として、アリババの反論を退けている。
上記認定に基づき、SAMRはアリババの「二者択一行為」は「市場支配的地位の濫用」にあたるとして、182.28億人民元の制裁金を課した。この金額は、アリババの処罰前の年度(2019年度)における中国国内の売上の4%に相当する金額である。中国独禁法上、市場支配的地位の濫用行為に対する処罰は「違法所得を没収のうえ、前年度の売上の1%以上、10%以下の制裁金を課す」と規定されている(47条)。アリババに対して課せられた制裁金は過去最高額であるが、それはアリババの売上額自体が高いからであって、中国国内では、むしろ上限の10%より相当低い金額であること、また、「違法所得の没収」が行われなかったことを持って、当該処罰はアリババにとって寛大なものであるとの指摘もある[7]。
(下)につづく
[1] アリババ、テンセント等の企業結合届出義務違反の処罰例に関する筆者の過去の論稿(SH3453 中国:アリババ、テンセント等が企業結合届出義務違反により処罰を受けた事例(2021/01/20))を参照。
[2] 2021年の年間を通じて100件近くの処罰が行われ、また11月20日では一日のうちに40件余りの処罰が公表された。
[3] 前掲注1の論稿を参照。
[4] 過去一時期まで中国国外での合弁設立や、VIEスキームを取るIT企業が関与する企業結合の届出義務違反については処罰例がなかったが、現在VIEスキームについては既に多くの処罰例があり、中国国外での合弁設立に関しても、処罰例が出されている(紹介としては筆者の過去の論稿がある(SH3235 中国:海外で設立されたJVが中国独禁法未届出により処罰された事例(2020/07/14))。
[5] 但し、独禁法19条はあくまで推定規定であり、理論上50%未満であっても「市場支配的地位」が認められることもありうるし、以下注6の事例のように、過去には80%を超えていても「市場支配的地位」が認められなかったこともある。SAMRは2019年6月に「市場支配的地位の濫用禁止に関する暫定規定(中国語:禁止滥用市场支配地位行为暂行规定)」、2021年2月「プラットフォーム経済分野における独占禁止ガイドライン」(中国語:平台经济领域的反垄断指南)を公布し、それらの中でいずれも「市場支配的地位」の認定にあたっては、技術革新、市場シェアの持続期間など多様な要素を考慮するとしている。
[6] この点、2014年に中国の最高裁にあたる最高人民法院は、2010年にテンセントがライバル企業である奇虎のソフトウェアの排除を試みたことで、奇虎(原告)からテンセント(被告)に対する独禁法違反に基づく損害賠償請求が行われた事案(中国では両社のサービス名を用いて「3Q大戦」として知られている。)において、テンセントが「中国におけるインスタントメッセージソフトウェア及びサービス市場」において約80%の市場シェアを有しているにもかかわらず、同市場における参入の容易さ等を指摘し、テンセントが「市場支配的地位」を有すると認定するに足りる証拠がないとして、結果的に原告の訴えを棄却した原審を維持した。今般のSAMRのアリババ処罰では、それより低い市場シェアで「市場支配的地位」が認定されているが、当局が態度を変えたと評価すべきかは難しい問題である。そもそも裁判所と行政当局では判断が異なる可能性があるうえ、①テンセント・奇虎に関する2014の最高裁判決はあくまで2010年時点の関連市場を念頭においたものであり、中国では当時よりも現在の方がIT企業の寡占化が進んでいること、②2010年にテンセントが行った排除行為は、当局の干渉もあり極めて短期間内に終結していたことを事案の区別として認識する必要がある。
[7] 処分が公表された翌日、香港証券取引所に上場していたアリババ株は、同取引所の平均株価が下がっていたにもかかわらず、最高で9%株価が上昇した。なお、美団に対して課された制裁金も、同社の2019年度売上の3%に相当するものであった。
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(ろく・はせる)
長島・大野・常松法律事務所東京オフィスパートナー。2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。
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