最新実務:スポーツビジネスと企業法務
スポーツ施設のネーミングライツ取引のポイント(3)
――米国契約実務も参考に――
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 加 藤 志 郎
5 ネーミングライツ契約のポイント
⑴ 名称の認知・浸透に向けた義務
第2回4で述べた通り、ネーミングライツはネーミングライツ契約に基づく所有者に対する債権に過ぎないため、ファンやメディアが当該施設を誤った名称や別の愛称で呼ぶことを直接に妨げることはできない。企業としては、この点を理解した上で、自ら付した名称が世間に正しく認知され、浸透するよう、十分な方策を立てる必要がある。
かかる観点から、ネーミングライツ契約においては、債務者である所有者による行為(給付)を通じて、名称の認知・浸透が達成されるよう、当該行為につき所有者の義務として具体的に定め、その適切な実施を確保することが重要となる。
典型的な義務としては、下表のものがあげられる。
【名称の認知・浸透に向けた所有者の典型的な義務】
義務の内容 | ポイント等 |
新名称のサイン・看板等の施設への設置やウェブ・グッズへの反映 | 設置場所、サイズ(より大きい他社のサイン等を設置しないことを含む)、デザイン等について可能な限り具体的に定めることが望ましい |
新名称の公表 | 公表のタイミング、内容、方法等は企業のマーケティング戦略上も重要であるため、企業の事前確認やコントロールが及ぶようにしておく必要あり |
各種メディア放送や記事における新名称の使用等のメディア対応 | 放送や記事において新名称が正しく使用されるよう、所有者にてメディアと十分な調整を図り、必要に応じて削除や訂正の依頼も行ってもらう必要あり |
交通標識・案内板等の公共設備における新名称の表示のための自治体対応 | 自治体が必ず対応してくれるとは限らないものの、可能な限り新名称が表示されるよう所有者にて十分な調整を図ってもらう必要あり |
⑵ その他の義務やスポンサーメリット
第1回2⑵で述べた通り、近年のネーミングライツの取引の場合、ネーミングライツの獲得企業には、施設に名称を付与できるという命名の権利そのものだけでなく、その他の各種メリットが与えられることが通常である。かかるメリットの内容は取引ごとにユニークであるため、合意された内容をネーミングライツ契約において適切に規定することが重要となる。それぞれのメリットの内容をどの程度具体的に定めるかはケースバイケースだが、一般論として、企業側としては可能な限り詳細に定めた方が安心であることは多いだろう。
なお、施設そのもののネーミングライツではなく、施設内の一定のエリアやシートに企業名等を付与する権利の場合には、企業としては、単に自社名が付されることのみならず、当該エリアやシートのコンセプト、デザイン、実際の運営等にも関心を向けるべきケースは多い。これらの事項は、当該エリアやシートの利用体験を通じてファンに与える企業のブランドイメージに重大な影響を与えうるためである。したがって、それらの決定方法・内容や責任については、施設の所有者・運営主体側と十分な協議を行い、必要に応じて契約書にも反映することが望ましい。
⑶ 施設譲渡時の取扱い
第2回4で述べた通り、ネーミングライツは施設の所有権の譲受人に対して対抗できない。そのため、企業としては、施設の所有権が将来譲渡されることも想定した上で、その場合の取扱いに関して、ネーミングライツ契約上で手当しておくことが重要となりうる。
具体的には、所有者が施設を譲渡する場合には、新所有者に対してネーミングライツ契約を承継させる旨の義務を所有者に課しておくことが考えられる。また、譲渡がなされた場合には、企業がネーミングライツ契約を解除できる旨を定めておくことも考えられる。これらの組合せとして、新所有者にネーミングライツ契約を承継させる旨の所有者の義務に加えて、譲渡先が、企業の競合他社、信用や施設運営能力に不安がある者、その他ネーミングライツ契約上の所有者の義務を適切に履行することが期待できないような者である場合には、たとえネーミングライツ契約の承継は可能であっても、企業は契約を解除できる旨を定めておくことも考えられよう。他方、そもそも企業の承諾がない限り所有者は施設を譲渡できない旨を定めることも可能だが、企業にそこまでの強い権限が与えられるケースは稀であろう。
⑷ 効果に応じた調整の方法
ネーミングライツを通じたブランドの認知拡大やイメージ向上の効果は、その施設で開催される試合・イベントの集客、メディアへの露出等に依存する。そのため、ネーミングライツ契約上、その施設を本拠地とするチームの存在や、開催される試合・イベントの数・内容等を、一定の条件として組み込むケースも多い。具体的には、当該条件が充たされない場合には企業は契約を解除できるものとしたり、当該条件の一部が充足されない場合には契約金額が減額されるものとしたりすることが考えられる。
また、企業のブランディングの成否の観点からは、その施設を本拠地とするチームの競技成績も大きく影響する。他方で、スポーツの性質上その予測は難しく、かつ、必ずしも施設所有者の努力等により改善できるものではないことから、当初の契約金額を比較的抑えた上で、当該チームが一定の好成績を達成した場合の追加のボーナス・インセンティブという形で合意しておくことも、合理的なアレンジとなりうる。
⑸ 他のスポンサー等との関係の整理
現代のスポーツチーム・イベント等のスポンサーシップにおいては、業種等のカテゴリーごとに一社のみをスポンサーとし、そのカテゴリーの独占(exclusivity)を認めることが通常である。スポンサーにとって、スポンサーシップを通じて競業他社との差別化を図ることに大きな価値があるためである。
ネーミングライツの獲得企業にexclusivityが与えられる場合(すなわち、競業他社による当該施設に関連するスポンサーシップ、マーケティング、商業機会等を排除する場合)には、その具体的範囲が重要となる。特に、施設所有者の立場や権限の範囲(たとえば、その施設を本拠地とするチームのオーナーでもあるか等)にも照らして、チーム・リーグや開催するイベントのスポンサーとの関係を整理しておく必要がある。
公益的側面の強い国際大会等、大会によっては、企業名が付された会場名称の使用を禁止している場合もある。また、オリンピックとの関係では、オリンピック憲章53条に定めるいわゆるclean venueの原則により、競技会場等での広告活動が原則として禁止されている点に留意が必要である。
⑹ 契約延長の優先交渉権
同じ施設名称が長く継続するほどファンや地域コミュニティに親しまれて定着し、ブランディング上の効果が高まっていくし、企業としては、ネーミングライツのメリットを最大化するため、契約期間を通じて、施設名称に関連したアクティベーション等にも相当の投資を行うことになる。また、施設名称を変えるためには、サインや看板の撤去、改装、グッズ・販促物の回収等のコストもかかり、さらに、名称の変更がファンの怒りを買うケースすらある[10]。
そのため、なるべく同一企業のネーミングライツが継続することは、当事者双方にとって利益となりうることから、ネーミングライツ契約においては、契約期間満了時の延長に関する規定(当事者のオプションやmatching right等)を置くことが考えられる。企業としては、少なくとも、延長の交渉の機会もないままに他社にネーミングライツを獲得されてしまうようなことがないよう、契約期間満了前に更新について所有者と優先的に交渉できる権利を確保しておくことが望ましい。
⑺ 不祥事発生時の取扱い
施設名称を付与した企業に不祥事があった場合、施設ひいては当該施設を本拠地とするチーム等のブランドイメージに重大な悪影響が及びうる。そのため、ネーミングライツ契約の交渉においては、所有者から、企業に不祥事があった場合について、所有者による契約の解除権を含め、厳格な契約上の取扱いを求められることが想定される。施設やチームのブランディングの観点からは致し方ない部分もあるが、企業としては、かかる取扱いの内容や範囲が過度に不利なものとならないよう留意する必要がある。
他方で、施設の不具合や安全管理上の問題が発生した場合等には、逆に企業のブランドイメージに悪影響が及ぶことになりうる。その観点からは、そのような事態が生じた場合の企業による解除権を規定しておくことや、所有者に対して、施設を適切に管理する義務や法令を遵守する義務を明示的に課しておくことも意義がありうる。また、施設所有者=チームオーナーであるような場合には、チームの不祥事があった場合の企業による解除権を規定しておくこと等も検討に値しよう。
以 上
[10] たとえば、2022年7月、NFLのピッツバーグ・スティーラーズがHeinzとのネーミングライツ取引を終了してフィンテック企業であるAcrisureと15年間の契約を締結し(契約金額は年間1000~2000万ドルとも言われる。)、スタジアム名称がHeinz FieldからAcrisure Stadiumに変更されることが発表された際には、Acrisureと異なりHeinzが地元にルーツを有する企業であることや、Heinz Fieldとの名称が21年にわたり親しまれてきたこと等から、一部のファンから大きな批判が生じた。“Heinz wanted to retain Steelers stadium naming rights prior to Acrisure deal” Sports Business Daily(2022年7月12日号)
(かとう・しろう)
弁護士(日本・カリフォルニア州)。スポーツエージェント、スポンサーシップその他のスポーツビジネス全般、スポーツ仲裁裁判所(CAS)での代理を含む紛争・不祥事調査等、スポーツ法務を広く取り扱う。その他の取扱分野は、ファイナンス、不動産投資等、企業法務全般。
2011年に長島・大野・常松法律事務所に入所、2017年に米国UCLAにてLL.M.を取得、2017年~2018年にロサンゼルスのスポーツエージェンシーにて勤務。日本スポーツ仲裁機構仲裁人・調停人候補者、日本プロ野球選手会公認選手代理人。
長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/
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