自己株式取得・処分信託の会計上の理論的考察
―第3回 配当に関する会計処理の課題―
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業
弁護士・公認会計士 中 村 慎 二
連載第2回では、自己株式取得・処分信託(本稿では、「利益獲得目的とは異なる目的で発行会社の株式を取得しその後すべて処分する」類型の自益信託をいう。)の会計処理方法として2つの考え方を具体例を交えて紹介し、信託による発行会社株式取得および株式処分の会計処理を取り上げた。連載第3回となる本稿では、信託が保有する発行会社株式に対する配当の会計処理を取り上げる。
1 信託が保有する発行会社株式に対する配当の会計処理
⑴ 問題点の所在
連載第1回2⑸に述べたように、「株式需給緩衝信託Ⓡ」[1](以下「緩衝信」という。)が保有する発行会社株式に係る配当請求権を肯定する法的見解が示されている。ただしその検討過程において、緩衝信が保有する発行会社株式に対する受取配当金を発行会社自身の収益として認識することによって発行会社の収益力に誤解を生じさせるおそれが指摘されており、この課題を会計上克服できるか否かは法的分析に影響を及ぼしそうである。
この点は純粋な会計問題に思えるが実はその前提に法律問題が存在すると考える。そしてその解釈次第では、現状では適切な会計処理を確定することができない可能性が残されていると考える。その意味を本連載の第1法(連載第1回参照)および第2法(連載第2回参照)のそれぞれに分けて説明する。
⑵ 第1法を採用した場合の問題点
自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対して剰余金の配当をした場合の会計処理を第1法に沿って検討した場合の私見は次のとおりである(具体的な会計処理については設例参照)。
まず、このような配当金は信託財産として管理され、第三者に交付されることなく、信託終了時に(委託者兼受益者である)発行会社に交付される(つまり発行会社からいったん信託に移転するものの、最終的には発行会社に戻ってくる)ことが確定している。そのため、発行会社と信託の一体性を強調する第1法では、自己株式取得・処分信託に対する剰余金の配当は(発行会社と一体である信託からの)社外流出を伴わない。第1法では、信託から外に支払わなければ会計上は剰余金の配当とは扱わない方が自然である。そのため、仮に会社法上の名目が剰余金の配当であるとしても、発行会社から信託に対する配当について剰余金を減少させることは発行会社と信託の一体性という前提に反する。その結果、会社法上は「剰余金の配当」であるとしても、自己株式取得・処分信託に対する配当金の支払いによって「その他利益剰余金」(または「その他資本剰余金」)は減少させないのが望ましい。このような会計処理が採用可能であれば、自己株式取得・処分信託による配当金の受領も収益として認識されることがない。
しかしこのような解釈の障害となり得る会社法上の規定が存在する。以下では議論を単純にするために、配当の原資がすべて「その他利益剰余金」であるとする。会社計算規則上、会社が「剰余金の配当」を行った場合、「その他利益剰余金」の額を「会社法446条6号に掲げる額」だけ減少させなければならないこととされている[2]。そして「会社法446条6号に掲げる額」とは、「(同法)454条1項1号の配当財産の帳簿価額の総額」を意味する[3]。この「(同法)454条1項1号の配当財産の帳簿価額の総額」は、株主総会決議によって定められる。以上をまとめると、「剰余金の配当」を行った際には、株主総会決議において定められた金銭配当の総額と同額の「その他利益剰余金」を減少させなければならないのが会社法の要求であると読める。仮に緩衝信が保有する発行会社株式に対する配当請求権を肯定する法的見解を受け入れて自己株式取得・処分信託全般について検討すると、信託が保有する発行会社株式に対する金銭配当額も含めて「(会社法)454条1項1号の配当財産の帳簿価額の総額」が決定されることになると思われるため、自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対する金銭配当額を「その他利益剰余金」の額から減少させる会計処理が会社法上強制されることとなると読めそうである[4]。これを踏まえると、「信託が保有する発行会社株式に対する剰余金の配当は会計上剰余金の配当とは取扱わない」という選択肢を採用できない可能性が高い。
それでは、少し見方を変えて、いったん自己株式取得・処分信託に対する配当金の支払いによって「その他利益剰余金」を減額させた後、別の理由で「その他利益剰余金」を増額(回復)させることができるか。しかしながら、そのような増額(回復)が認められる根拠は必ずしも明確ではないと思われる。会社計算規則上、「その他利益剰余金」の額を増加させることができる場合は限定されており[5]、本件においてこれらを増加させることができる理由足り得るのは「その他利益剰余金の額を増加すべき場合」に「その他利益剰余金の額を増加する額として適切な額」を増加させられるという規定のみである。通常、「増加すべき場合」 「増加する額として適切な額」は会計基準・会計慣行に照らして判断されると解釈されている[6]が、本件において、自己株式取得・処分信託に対する配当金の(信託財産側での)受領をもって発行会社の「その他利益剰余金」を増加させることができるという会計基準・会計慣行は思い当たらない[7]。強いて「その他利益剰余金」の増加が適当であると考えられる根拠を探すとすれば、それは結局のところ先行して処理した「その他利益剰余金」の減少の取消し・取戻しなのではなかろうか。しかし、そのように解することは、実質的には、自己株式取得・処分信託に対する配当金も含めて「その他利益剰余金」から減少させなければならないとする上記会社計算規則の定めに対する例外を正面から認めることと等しく、このような解釈が認められるかどうかは会計問題ではなく法律問題であると考える。なぜなら、上記引用した会社法および会社計算規則の定めに対応する会計基準の規定が存在しないからである。確かに会社計算規則の規定の適用に関しては「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行をしん酌」することとなるが[8]、「その他利益剰余金」の増減には分配可能額の計算の基礎となるため会社法独自の価値判断が働くはずであり、完全に会計上の判断に委ねられているとは考えにくい。
したがって、第1法を採用する場合、発行会社が自己株式取得・処分信託に対する配当金支払額を「その他利益剰余金」から減額させないことが会社法に違反しないと考えることができなければ、第1法では首尾一貫性のある会計処理を行うことができないとの批判を免れない。
⑶ 第2法を採用した場合の問題点
これに対して、信託の独立性を強調する第2法を採用した場合の考え方は次のとおりである(具体的な会計処理については設例参照)。
自己株式取得・処分信託に対する配当を他の株主に対する配当と区別すべき会計上の理由が存在しないため、通常の配当と同様、「その他利益剰余金」の減少として会計処理される。他方、独立した信託である自己株式取得・処分信託における経理上はこれを受取配当金(収益)として認識すると思われる。そこで、期末における総額法の適用にあたり、「信託の損益を企業の損益として損益計算書に計上する」という総額法の考え方を(発行会社株式を資産ではなく自己株式(純資産の減少)として取扱うことの延長線上のものとして)修正できるかどうかが問題となる。このような修正を認めるための理論構成として、たとえば
- (ⅰ) 総額法を適用する際に、自己株式取得・処分信託に対する剰余金の配当に関する取引を相殺消去する方法
- (ⅱ) 総額法を適用する際に、(従前の剰余金の配当の会計処理とは独立に)受取配当金(収益)を剰余金(利益剰余金または資本剰余金)に振り替える方法
が考えられる(ただし両者とも会計処理の結果は同一で、違いは会計処理の説明の仕方である)。
(ⅰ)の方法については、第2法が信託の独立性を強調し、実務対応報告第30号「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い」(企業会計基準委員会)(以下「実務対応報告30号」という。)とできるだけ整合的な処理を行おうとするにもかかわらず、「企業が信託に支払った配当金等の企業と信託との間の取引は相殺消去を行わないものとする」という実務対応報告30号の定め[9]とは異なる処理をすることの合理的理由が必要となるであろう。つまり相殺消去を行うか否かの差が、他益信託(従業員持株ESOP信託)か自益信託(自己株式取得・処分信託)かという違いによって説明できるものなのかを検討する必要がある。さらに、仮に相殺消去という考え方が会計上認められるとしても、この相殺消去は、期末の時点で発行会社から信託に対する「剰余金の配当」ではないと取扱うという意味で(会計処理の時点の違いを除き)第1法の発想と大差がないため、前記⑵で述べたのと同様、このような会計上の取扱い(決算時点で「その他利益剰余金」を減少させないこと)が会社法に違反しないか否かを改めて検討する必要がありそうである。
(ⅱ)については、相殺消去というロジックを用いる必要がない代わりに、そもそもなぜ「その他利益剰余金」を直接増額することができるのかについて合理的な説明が必要となる。会計基準上、資産の受入れと同時に「その他利益剰余金」を直接増額させることができる場合は限定されている。(ⅰ)のように、先行する剰余金の減少を取消すという理屈を用いずして「その他利益剰余金」の増加の会計処理が可能であるか否かを検討する必要がある。前記⑵で述べたように、私見ではこのような「その他利益剰余金」を直接増額する根拠が特に見当たらないため、結局は第1法と同様の問題を抱えることになるのではないかとの懸念がある。
設例
連載第2回掲載の設例の前提条件⑶を以下のように修正し、それ以外は同一とする。
- 前提条件
- ⑶ A 社の中間配当支払時(X1年10月)
A 社は発行済株式1株当たり1の中間配当を支払う。本信託の信託財産であるA社株式に対しても中間配当は支払われる。
この場合、本信託の決算(X2年3月末)は以下のとおりとなる(連載第2回掲載の設例と異なる箇所に下線を付している)。
現金預金 A社株式 諸費用 |
354 200 6 |
信託元本 受取配当金 A社株式売却益 |
520 20 20 |
この場合の第1法および第2法に基づく会計処理のうち、連載第2回掲載の設例と異なる部分のみを抜粋すると以下のとおりである(異なる部分に下線を付した。)
第1法 (発行会社と信託を一体とみなす) |
第2法 (信託を独立とみなして期末に総額法) |
|
⑶ A社の中間配当支払時 (X1年10月) (注) 本信託株式のみ |
(借) 信託預金 20 (貸) 現金預金 20 (※1) |
(借) その他利益剰余金 20 (貸) 現金預金 20 |
⑸ A社の決算時 (X2年3月) |
(借) 信託手数料 6 (営業外費用) (貸) 信託預金 6 |
(借) 現金預金 354 A社株式 200 諸費用 6 (貸) 信託元本 520 受取配当金 20 A社株式売却益 20 (借) 信託元本 520 (借) 自己株式(信託内) 200 (借) A社株式売却益 20 (借) 受取配当金 20 (※2) |
(※1)(配当の名目で)現金が発行会社から信託財産に移動したことのみを会計処理したもの。
本文で述べたように、第1法においても「剰余金の配当」の額に相当する「その他利益剰余金」を減額しなければならないとすると、(本信託に関連する部分について)(第2法と同様)下記の会計処理が必要となる。ここで「その他利益剰余金」を減少させる(借方側の枠囲み部分の)会社法上の根拠は、本文でも述べたとおり、会社計算規則23条2号イである。
(借) その他利益剰余金 20
(貸) 現金預金 20
次の信託側の配当金の受領を発行会社の視点で処理する部分につき、減少させた「その他利益剰余金」を回復させるためには、結局のところ下記のような会計処理(借方は諸説あるためあくまで一案であり、貸方側の枠囲み部分に着目していただきたい)が許容されなければならない。本文で述べたとおり、この処理の根拠となりうるのは会社計算規則29条1項3号であるが、会計基準・会計慣行上このような会計処理が適切である根拠は必ずしも明確ではない。同号に該当すると結論づけられない場合、適切な会計処理が存在しないこととなる。
(借) 信託預金 20
(貸) その他利益剰余金 20
(※2) 総額法による取込みの中で、信託が収益として計上した「受取配当金」を発行会社が「その他利益剰余金」の増額として処理できるか否かが問題となる。上記(※1)と同様、このような「その他利益剰余金」の増加の根拠となる会計基準・会計慣行上の根拠が明確でないため、会社計算規則29条1項3号に基づきこのような振替処理ができるか否かが問題となる。仮にこの処理が認められない場合、総額法によって取り込んだ「受取配当金」が発行会社の収益として計上されたままとなる可能性がある。そしてこれが会社法上容認できない場合、適切な会計処理が存在しない可能性がある。
⑷ 小結
以上の点を踏まえると、自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対する剰余金の配当の会計処理は剰余金の増加・減少に関する会社法上の規定による制約を受ける。そしてその制約の程度・内容の解釈次第では会計上望ましいと考えられる会計処理を選択できなくなる可能性がある。そのため、会社法の制約を受けずに会計の視点から妥当と考える会計処理を行うことが可能な否かを検討するにあたっては、上記のような剰余金の減少・増加に関する会計処理が会社法の(純粋な)法的解釈に抵触しないか否かについて検討しておく必要がある。
時として、自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に配当請求権が認められるか否かは、信託が受領する配当金を収益計上しない会計処理が存在するか否かという会計問題として会計専門家に委ねられることがあるが、これまで述べた理由からそれは必ずしも正確な整理ではないと思われる。配当金の受領に係る会計処理は剰余金の配当(支払い)に係る会計処理と表裏一体であり、剰余金の配当の会計処理は会社法の制約を受けるため、剰余金の配当に伴う剰余金の減少方法について会社法が会計処理に対して何らかの注文をつけていないのかを法律問題として明らかにすることが先決であると考える。
このように考えると、連載第1回3⑶に述べたように「道具としての信託」である従来型の自己株式取得信託において保有される発行会社株式に対する配当請求権を否定すべきという法的解釈は配当に関する会計処理上の複雑な問題をもたらさないという意味では合理性があると思われる。また、上記のような会計処理上の課題にまで視野を広げた場合、そもそも緩衝信が保有する発行会社株式に対する配当請求権を積極的に認めるべきか否かに関する法律専門家の見解が今後変更される可能性もあると推察される。今後の実務の蓄積に期待したい。
本連載の最終回となる第4回では、分配可能額の計算の考え方を取り上げる。
第4回につづく
[1] 株式需給緩衝信託®は野村證券株式会社の登録商標であり、同信託は同社および野村信託銀行株式会社によって開発され、サービスの提供が開始されている。具体的内容は両社が公表した2022年2月14日付「株式需給緩衝信託®のサービス提供開始について」を参照。
[2] 会社計算規則23条2号イ参照。なお、「その他資本剰余金」を原資とする剰余金の配当の場合は同条1号イ参照。
[3] 会社法446条6号イ参照。
[4] 信託が保有する発行会社株式に対する配当も他の株主に対するものと同様会社法上の「剰余金の配当」に該当すると考えれば、信託に対する配当額も(信託の外に流出せず、最終的に発行会社に返還されるものであるとしても、その点を度外視して)同法461条1項8号の「剰余金の配当」により株主に対して交付する金銭の総額に含まれると読み、分配可能額の範囲内でなければ信託に対する配当も実施できないと整理する方が文理解釈上自然である。このように解釈すると、信託に対する配当によって実際に分配可能額が減少しなければ整合性がとれないと考え、信託に対する配当についても会社計算規則23条2号イを適用し、「その他利益剰余金」を減少させなければならないという法律専門家の見解は十分に考えられる。この場合、会計上信託に対する配当を無視するという第1法は採用が困難となる。
[5] 会社計算規則29条1項参照。なお、「その他資本剰余金」を増加させる場合は27条1項参照。
[6] 弥永真生『コンメンタール会社計算規則・商法施行規則〔第4版〕』(商事法務、2022)236頁参照。
[7] 会社法上配当金と性格づけられるものを受領した場合、最初に考える会計処理は「受取配当金」(営業外収益)の計上であり、根拠としては、たとえば「その他利益剰余金の処分による株式配当金(配当財産が金銭である場合に限る。)は、原則として受取配当金として計上される」という日本公認会計士協会会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」286項の規定が考えられる。もっとも、同項は、続けて「が、これを受取配当金として計上すると、明らかに合理性を欠くと考えられる場合がある。」と述べているため、本件のような自己株式取得・処分信託に対する配当金の支払いを発行会社として処理する場合がこの「明らかに合理性を欠くと考えられる場合」であると評価することは十分に可能である。しかしこれだけでは、受取配当金としないことの理由は説明できても、直接「その他利益剰余金」に計上することの根拠としては必ずしも十分ではない。一般的な実務感覚では、消去法的に「その他利益剰余金」に計上するほかないと考えたくなるが、「その他利益剰余金」を直接増減させるには会計基準上の明文の根拠か、会計専門家が依拠できるに足る会社法上の解釈が示されなければ、会計専門家(特に監査人)は妥当な会計処理であると結論づけることを躊躇するのではなかろうか。
[8] 会社計算規則3条参照。
[9] 実務対応報告30号8項(4)参照。
(なかむら・しんじ)
弁護士・公認会計士/アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー
1999年東京大学法学部卒業。2000年弁護士登録、2006年公認会計士登録、2008年公認内部監査人登録、2009年米国イリノイ州公認会計士登録。2008年米国イリノイ大学会計学修士号取得、2010年CFA協会認定証券アナリスト認定。2011年7月~13年7月金融庁総務企画局(現:企画市場局)企業開示課に出向。2016年日本アクチュアリー協会正会員。
主な著作として、『新しい株式報酬制度の設計と活用――有償ストック・オプション&リストリクテッド・ストックの考え方』(中央経済社、2019)、『株式実務担当者のための会計・金商法・税法の基礎知識』(商事法務、2021)。