◇SH2322◇ベトナム:不適法に雇用契約を解除した使用者の責任 井上皓子(2019/02/07)

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不適法に雇用契約を解除した使用者の責任

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 井 上 皓 子

 

  1. Q. 弊社は、今月1日にある従業員を解雇しました。雇用契約の一方的な解除や懲戒解雇が認められる場合は限定されており、それにあたらないことは理解していましたが、やむを得ない措置でした。ところで、その従業員は、復職しないことについては同意しているのですが、損害賠償を請求しています。今月末に話合いをするのですが、弊社は、損害賠償金をいくら支払えばよいのでしょうか。なお、当該従業員は1年の有期間の雇用契約で、契約期間は残り3ヵ月でした。月額賃金は1000万ドンです。
  2. A. まず、ご理解のとおり、従業員の同意なく会社が一方的に従業員を解雇すること(労働契約を一方的に解除すること)が認められるのは、労働者が繰り返し労働条件に従った労務を提供しない場合、天災その他の不可抗力による生産の縮小及び人事削減の場合等非常に限定されており(労働法第38条1項)、これらに該当しない場合は、不適法な解除と解されます。また、要件を満たす場合でも、妊娠中の女性労働者などの労働契約の一方的解除は認められていません(同法第39条)。

 不適法に労働契約を解除し、労働者が復職を望む場合には、会社は就労させなかった期間に対応する賃金等と月額賃金2ヵ月分に相当する賠償金を支払った上で、当該労働者を復職させなければなりません(同法第42条1項)。しかし、今回は従業員も復職を希望しないということですから、金銭的な解決をすることになります。雇用者が支払うべき金銭の項目として法律が規定しているのは、次のものです。

  1. ① 労働者を就労させなかった期間の賃金(第42条3項、1項)
  2. ② 労働者を就労させなかった期間の社会保険料及び健康保険料(同条3項、1項)
  3. ③ 少なくとも2ヵ月分の月額賃金相当額(同条3項、1項)

 ここまでは、復職の場合と同じです。復職しない場合は、これに加え、

  1. ④ 法定の退職手当(同条2項、3項)。
  2. ⑤ 追加で少なくとも2ヵ月分の月額賃金相当額(同条3項)
  3. ⑥ 事前通知を怠った場合には、通知が必要な日数に相当する賃金(同条5項)。

 今回の例に即して、具体的に検討してみます。

  1. ① 労働者を就労させなかった期間の賃金:
  2.    計算の基礎となる月額賃金は、労働法90条1項が規定する「賃金は業務や職位に基づく給与、役職手当、扶助及びその他の手当を含む」との定義に従い、労働契約書記載の月額賃金、役職手当、その他の手当の全てを含むものと理解され、裁判例においても同様の考え方を採るものが多数です。月の途中で解雇した場合は日割り計算した額で支払うことになりますが、日額賃金は、月額賃金を、月の日数ではなく労働日で割ったものとなることにご注意ください。
     「労働者を就労させなかった期間」が具体的にどの期間をいうかについては、法律上の規定やガイドライン等がなく、必ずしも明確ではありません。ただし、裁判例においては、雇用契約の日から判決が出された日までとするのが一般的なようです。ただし、判決確定日よりも前に有期雇用契約が満了する場合はその満了日まで、外国人労働者の場合は労働許可書の満了日までとした裁判例があります(Ba Ria Vung Tau省裁判所の判決第11/2018/LD-PT号、ホーチミン市裁判所の判決第640/2018/LD-PT号)。これらの裁判例からすると、裁判に至らず、雇用者と労働者とで合意により解決した場合は、合意書が締結された日までとするのが合理的な解釈であろうと思われます。
     以上から、貴社が今月末に当該従業員と合意ができた場合は、1000万ドンの支払いとなります。なお、労働紛争提起の時効は、権利侵害を知った日から1年間であり(労働法第202条2項)、実際には、特に無期契約の場合に、本条の賠償金をできるだけ多くするため、任意では合意せず、時効満了直前に提訴する場合が少なくないようですので、できるだけ早期の合意解決を目指すことをお勧めします。
     
  3. ② 社会保険料及び健康保険料について:
  4.    決定第595/QD-BHXH号及び政令第44/2017/NĐ-CP号によれば、2018年の雇用者が負担する社会保険料、健康保険料は、それぞれ月額賃金の17.5%、3%です。保険料算定の基礎となる金額は原則として従業員の月額賃金ですが、基礎賃金の20倍が上限とされます(上記決定第6条3項。現時点では27,800,000が上限です)。本件では1カ月分の保険料は、併せて205万ドンになります。ただし、この保険料は、最終的に労働者が受領するものではなく、社会保険事務所に納付されるものです。会社が直接納付するか、労働者に一旦支給して、労働者が負担すべき保険料と併せて納付させるかは、社会保険事務所での手続とも関係するため、事前に管轄の社会保険事務所と協議することが望ましいでしょう。
     
  5. ③及び⑤は単純なかけ算ですので、合計4000万ドンとなります。
     
  6. ④ 退職手当:
  7.    退職手当は、日本と異なり、失業保険から給付され(法48条1項)、失業保険に加入している期間は退職手当の算出の基礎となる労働期間には含まれませんので、通常は会社が負担する必要はありません。但し、失業保険制度が整う前からの従業員である場合や、産休期間があった場合には支払う必要がある場合もありますので、ご留意ください(詳細は本講座第65回「退職手当の計算」をご参照ください)。
     
  8. ⑤ 事前通知違反の賠償について:
  9.    有期間の雇用契約の終了は30日前の事前通知が必要です(法38条2項)。それを前提として、事前通知違反の賠償金は労働法38条1項に基づき適法に雇用契約を終了したが、同条2項に定める事前通知を怠った場合のみに適用するという見解もあるものの、裁判例では、全ての不適法な解除についてこの賠償金を認めたものが多いようです。ただし、懲戒解雇の手続違反等の場合は不要とされます(政令第05/2015/ND-CP号第33条3項)。30日は、労働日ではなく暦日数と考えるべきでしょう。したがって、今月末に合意ができた場合は、1000万ドンとなります。

 以上を合算すると、労働者に対して支払うべき賠償金は、契約終了から1ヵ月以内に合意できた場合でも、6ヵ月分の賃金に相当する6000万ドンとなります(これに加え、205万ドンの保険料の納付が必要です)。当該従業員が合意の成立を拒否した場合には、最大9000万ドンになる可能性があります(この場合、保険料の金額も615万ドンとなります)。有期雇用契約の場合には、就労を免除した上で雇用を維持し、雇用契約の満了を待って雇い止めとしたほうが金銭的には良い場合が多いでしょう。

 

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