アルゼンチンの知的財産権制度の基礎
西村あさひ法律事務所
弁護士 上 田 有 美
1 はじめに
アルゼンチンは、15年間にわたる対外債務不履行、8年間にわたる輸入制限等により、国際的な市場から孤立した状態にあった。しかしながら、昨年12月に約12年にも及んだ旧政権からの政権交代があり、現在、市場機能重視の政策へと大転換の真っ最中である。また、アルゼンチンは、ブラジル、メキシコに次いで南米で第三番目に大きな経済圏であり、この政権交代に伴い、日本企業のアルゼンチンへの進出への期待がますます高まっている。新政権の下で今後変更される可能性が大いにあるものの、現時点におけるアルゼンチンの知的財産権制度について俯瞰する。
2 特許及び実用新案
特許法により、特許権と実用新案権が共に保護されている。
特許権の存続期間は、出願日から20年である。特許の登録要件としては、新規性、進歩性、産業上の利用可能性が求められている。発見、科学理論及び数学的方法、人間又は動物に適用する外科的、治療的、診断的処理方法等は、特許の対象とはなっていない。分割出願も可能である。ただ、アルゼンチンは、現時点において、PCTに非加盟であるため、PCT出願により、発明の保護を求めることができないことに注意が必要である。
特許出願の方式審査が終了した後に出願公告され、第三者は異議申立てが可能となる。異議期間経過後に実体審査が行われ、特許出願人は出願日から3年以内に審査請求をすることができるが、優先審査や早期審査制度はない。もっとも、日本の特許庁は本年10月に、アルゼンチンとの間で、2017 年4 月1 日より「特許審査ハイウェイ(PPH)」を試行することに合意し、これにより、アルゼンチンにおいて、特許をより早期に取得することが可能になると見込まれる。
また、特許無効審判制度は設けられていないが、裁判所に対して無効訴訟を提起することが可能である。
実用新案権の存続期間は、出願日から10年である。実用新案権は、何らかの新規の工夫又は形状として考案されたもので、公知の工具、作業用機器、用具、装置その他実用に供するものに対して、目的とする意図の実現を改善する限りにおいて付与される。登録必須要件として、新規性、産業性が要求されているが、進歩性の欠如又は対象物が公知又は開示済みであることは阻却事由とはなっていない。
実用新案の審査については、概ね特許権の規定が準用されており、実用新案登録の無効も、特許と同様に裁判所に無効訴訟を提訴しなければならない。
特許権及び実用新案権の侵害に対しては、刑事罰が規定されており、これに加え、民事的救済手段(侵害行為の差止及び損害賠償請求訴訟)を採ることが可能とされている。
3 工業意匠
意匠法により、意匠権が保護されている。意匠とは、工業製品に適用される物品の形状若しくは外観であって、装飾的特徴を有するものとされている。意匠権の存続期間は、出願日から5年であり、出願人の請求により2回更新が可能であるため、存続期間は最長で出願日から15年となる。
意匠出願は、方式的要件に合致しているか否か、不登録自由に該当しないか否かのみが審査され、新規性等の実体要件については審査が行われない。
また、出願公開制度、審査請求制度は採用されておらず、部分意匠制度は存在しない。
意匠登録について、利害関係を有する者は、意匠登録から5年以内に当該意匠登録の取消を裁判所に請求することができるとされている。
意匠権の侵害に対しても、民事的救済手段(侵害行為の差止及び損害賠償請求)を採ることが可能であり、また刑事罰もある。
4 商標
商標法により、商標権が保護されている。先願主義が採用されており、商標権の存続期間は登録日から10年とされ、その後も10年毎に更新が可能である。保護対象には、文字、図形、記号、立体的形状、色彩、これら結合の他、音、動き、香り等も広く含まれる。
マドプロには加盟しておらず、一出願多区分制はないが、区分内の全ての商品又は役務を指定することが可能である。商標出願は、方式審査後、出願から3ヶ月後に公開され、30日間第三者は異議申立てを行うことが可能となる。この異議申立ては特徴的であり、異議が申し立てられた場合、出願人はその旨の通知を受け、1年以内に異議申立人と交渉し、申立取下の合意に至らない場合には仲裁を経た後に異議の無効を求めて出訴しなければ、出願は放棄したものとみなされるという制度がある。
異議期間の満了後に実体審査が行われるが、早期審査制度はない。
また、登録から10年以内に裁判所に無効訴訟を提訴することができ、登録された商標が継続して5年間使用されていない場合には、不使用による商標権の取消を裁判所に請求することができる。
商標権の侵害に対しても、民事的救済手段(侵害行為の差止及び損害賠償請求)を採ることが可能であり、また刑事罰もある。
5 その他
農産物、食品等の原産地表示に関しては、商標とは別に保護法が定められている。
著作権に関しては、著作権法により、財産権、著作者人格権についての保護があり、財産権としての保護期間は、著作者の死後70年とされている。
著作権の保護に登録は不要とされているが、著作物と共に創作日を登録することができ、登録により、当該著作物の著作者として推定されるという保護が与えられる。
6 条約の加入状況
パリ条約、TRIPS協定、UPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)及びベルヌ条約に加盟している。PCT、マドプロには非加盟である。
7 知的財産権所管官庁
アルゼンチン知的財産庁(INPI)が、特許、実用新案、工業意匠及び商標の審査を行う。著作権は著作権監督局が登録業務等の関連業務を行う。また、税関に不正商標部が設立されており、取締りに対応している。
8 権利侵害及び水際措置
商標権及び著作権を、水際での模倣品輸入の効果的な摘発のために自主的に登録し、税関が侵害品の輸入を仮に差止め、権利者に通達するという制度がある。税関には、破棄命令等の行政処分権限があり、職権により対策を行うこともあり、刑事的責任追及の可能性もありうる。また、民事的な措置としては、侵害について裁判所に仮差押請求を行い、差押え及び民事訴訟による損害賠償を求めることが可能である。
以上
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。