シンガポール:汚職防止対策の現況
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 青 木 大
シンガポールは汚職に厳しく、また汚職の少ない国として知られているが(2016年のトランスパレンシー・インターナショナル公表の汚職度指数では世界で7番目に汚職の少ない国とされている。)、汚職防止を担当する政府機関である汚職行為調査局(Corrupt Practices Investigation Bureau, CPIB)の年次報告によると、シンガポールにおける汚職件数は、2015年度は申立件数が877件、調査が開始された案件は132件であったのに対し、2016年度は申立件数が808件、調査開始案件は118件と、減少しているようである(2016年度の年次報告は以下のウェブサイトより入手できる。
https://www.cpib.gov.sg/sites/cpibv2/files/CPIB_Annual%20Report_2016.pdf)。
シンガポールの汚職防止法(Prevention of Corruption Act)は、汚職の目的をもって何らかの利益を得るために何人に対しても利益を供与することを禁止している。すなわち、贈収賄の対象は公務員に限らず民間人も含まれる。
調査が開始された案件のうちの大多数(約85%)が民間人側による贈収賄事案(このうち、公務員に対する贈賄で、公務員側がこれを拒絶した案件が13%)であり、公務員側の贈収賄事案は相対的に少ない(約15%)。また、実際に起訴された人数は2016年において104人であるが、このうち96%が民間人である。
以下では実際に問題となったケースを紹介する。贈収賄に関与した個人の立件が大半だが、1のように法人(贈賄側)が処罰された事例も存在する。贈賄金額の小さいケースも含まれるが、逆にいうと少額であっても立件され得るということであり、特にシンガポールではファシリテーションペイメント等の除外規定も汚職防止法に含まれていないため、留意しておく必要である。
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1. A社(民間業者)は、マレーシアにおいて化学工場建設プロジェクトを行うB社(民間業者)に対しパイプやバルブなどを納入する業者であるが、B社のプロジェクトマネージャーからコミッションの支払いを求められ、同氏の銀行口座に17,500米ドルの振り込みを行った。A社は6万シンガポールドルの罰金を科されることになった。
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2. C氏はレストラン・ホテルに海産物を納入する個人事業者であるが、レストラン・ホテルの筆頭シェフに対し、海産物の納入と引き換えに200~24,000シンガポールドルのコミッションの支払いを繰り返し行っていた。C氏は合計223件の汚職行為で起訴され、18か月の懲役及び約100万シンガポールドルの罰金を科された。
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3. D氏は溶接の資格に関する試験の試験官であったが、受験者によい点数を与えることの見返りに5~50シンガポールドル程度の賄賂を繰り返し受け取っていた。D氏は約8千シンガポールドルの罰金を科されることになった。
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4. E氏は半導体企業において半導体製品の性能を検査する機器の選定を担当していたが、納入業者2社から取引を継続する見返りとして120万シンガポールドル程度の賄賂を受け取っていた。E氏はカモフラージュのために偽造した請求書を両社に対して交付していた。同氏は4年の懲役及び約120万シンガポールドルの罰金を科された。
- 5. F氏は金融機関のプライベートバンキング部門のシニアバイスプレジデントであったが、ある企業の融資の審査を早めることの引き換えに100万円程度の賄賂を受け取っていた。同氏は一審で4か月の懲役と15万シンガポールドルの罰金を科された。同氏は判決を争ったが、上級審においては懲役が4か月から15か月に引き延ばされる結果となった。