インドネシアの新規事業と法規制
~配車アプリ事業、イーコマース事業、オンライン決済事業を例に~
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 福 井 信 雄
3. イーコマース事業
(1) イーコマース事業に対する外資規制の変遷
イーコマース事業は、①オンラインを通じて物品を販売する小売業タイプの事業と、②オンライン上のショッピングモール(プラットフォーム)を運営するタイプの事業に大別される。2014年4月に施行されたネガティブリスト(外資規制)においては①のタイプのイーコマース事業のみが認識されており、通常の小売業に対する外資規制と同様に外資の参入不可の業種として分類されていた。その後2016年4月のネガティブリスト(外資規制)の改正では、①の小売業タイプのイーコマース事業の一部がインドネシア国内の中小零細企業とのパートナーシップを組むことで外資にも開放されるとともに、②のタイプのイーコマース事業が新たに規制業種として挙げられた。
事業分野 |
旧ネガティブリスト (2014年4月施行) |
改正ネガティブリスト (2016年5月施行) |
産業セクター |
通信販売・インターネットによる小売業 | 内資100% | 中小零細企業等とのパートナーシップ (外資出資制限なし) | 商業 |
その他各種物品の電子システムを通じた小売* | 内資100% | 内資100% | 商業 |
投資額1000億ルピア未満の電子システムを通じた商業取引** | (区分なし) | 外資最高49% | 情報通信技術 |
投資額1000億ルピア以上の電子システムを通じた商業取引 | (区分なし) | 外資開放 | 情報通信技術 |
* 食品、飲料、たばこ、日用化学・医薬品、化粧品、繊維製品、衣料品、靴、家庭・台所用品等
** マーケットプレイス(プラットフォーム)の運営等
(2) 電子商取引ロードマップ
インドネシア政府は2017年大統領令第74号において2017年から2019年の国家電子商取引(イーコマース)ロードマップを発表した。この大統領令は、インドネシアでの統一的な電子商取引ロードマップを作成することにより、電子商取引をさらに加速させ発展させることを企図するものとされており、このロードマップは、中央および地方政府が電子商取引を促進する政策と行動計画を確立するためのガイドとなるように設計されている。また、電子商取引を拡大していくために必要な8つの項目を挙げ、それぞれについて今後2年間で政府機関が達成すべき目標を規定している。具体的には、(ア)資金調達、(イ)課税、(ウ)消費者保護、(エ)教育と人的資源、(オ)通信インフラ、(カ)物流、(キ)サイバーセキュリティ、(ク)実施機関の8つである。以下、項目毎の達成目標について概観する。
- (ア) 資金調達
- ロードマップでは、イーコマース事業者の資金調達をより容易に実現するために、①特定の銀行融資の要件の緩和、②新興企業やイーコマース事業者の企業価値評価プロセスの整備、③企業(国有企業を含む)のCSR(社会的責任)としてのイーコマース事業者への支援、④ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家とイーコマース事業者とのマッチメイキング、⑤クラウドファンディングやシードファンディングの推進等を挙げている。さらに、100億ルピア以上の投資をする外国投資家に対しては、イーコマース事業を100%開放する内容のネガティブリスト改正を行うことを規定している。(現在の外資規制上は上述のとおり1000億ルピア以上の投資を行う場合にのみ外資に完全に開放されている。)
- (イ) 課税
- 政府は、年間48億ルピア未満の売上のイーコマース事業者に対する課税を簡素化し、イーコマース事業者に投資するベンチャーキャピタルやエンジェル投資家に税制上の優遇措置を提供することを企図している。加えて、外国資本のイーコマース事業者が商業省からの事業者ID番号を取得することで、内国資本企業と同一の税務上の取扱いを受けられる制度の導入も検討している。
- (ウ) 消費者保護
- 消費者保護プログラムには、電子取引に関する規定が含まれることになる。具体的には、イーコマース事業の事業分類、電子認証、認定機関、支払いのメカニズム、消費者及び事業者双方の保護制度並びに紛争解決制度から構成される。
- (エ) 教育と人的資源
- ロードマップでは、事業家から規制当局、法律家、消費者に至るまでイーコマースに関する意識を向上させるための教育プログラムが用意されることになる。それに加えて政府は、スタートアップ事業者のための国家インキュベーションプログラムを組織し、カリキュラムの一つとしてイーコマースを含めることを予定している。
- (オ) 通信インフラ
- このロードマップには、イーコマース事業の成長のための中心的な要素として、通信インフラの開発が含まれている。具体的には、無料ドメインの利用とインドネシア全域における高速インターネット網の整備が挙げられている。
- (カ) 物流
- 政府は、電子システムの導入により物流に要する時間とコストを削減することを目的として、国家物流システムの構築を企図している。このシステムには、①イーコマース事業者と物流事業者間のデータ交換システムの整備、②国営郵便会社(PT Pos Indonesia)の近代化、③村落と都市部の間の物流網の整備、④農村地域の生産者と都市部の消費者間の物流を促進するためのアプリの開発等が含まれる。
- (キ) サイバーセキュリティ
- このロードマップでは、イーコマース事業のための安全なサイバー環境を整備し、サイバー犯罪に対する意識を広めるためのサイバーセキュリティ・イニシアチブが規定されている。具体的には、消費者のデータ保管、安全性証明、サイバー犯罪に関する規制等が想定されており、加えて政府はオンライン取引を監視する統一的な国家監視システムの開発を視野に入れている。
- (ク) 実施機関
- 経済調整大臣は、このロードマップに沿ってイーコマース事業のための環境整備を実施していく機関として、政府機関や専門家から構成される実施機関の設置と予算措置を行うための大臣令を制定することとなる。