◇SH1922◇インド:仲裁に関する近時の動向 青木 大(2018/06/22)

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インド:仲裁に関する近時の動向

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 

1. はじめに

 インドと日本はともにアジアの大国であり、互いに重要な貿易相手国である。2011年に両国は貿易及び投資の自由化・円滑化を目的とする日本・インド包括的経済連携協定(CEPA)を締結したが、これを機に日印間の貿易は更に促進され、直近の統計では2016-17年度の総貿易額が136.1億米ドル、日本の対インド海外直接投資は47億米ドルを達成した。

 両国間の貿易や投資が活発化する一方で、近年日系企業とインド企業間の紛争が増加傾向にあるのは驚くべきことではない。実際2017年だけでも数多くの仲裁及び訴訟が提起されているが、本稿では日本のNTTドコモ(以下「ドコモ」)とインドのタタ・グループ持株会社Tata Sons Limited(以下「タタ」)の係争、また日産自動車(以下「日産」)とインド中央政府間の投資協定仲裁の2つの事例と共に、近年のインド仲裁法制の改正等について解説する。

 (なお、本稿は、インドの法律事務所Shardul Amarchand Mangaldas & Co のRishab Gupta弁護士及びArjun Doshi弁護士との共同執筆によるものである。)

 

2. タタ/ドコモ仲裁

 2009年3月25日、ドコモはタタ及び同グループ通信会社であるTata Teleservices Ltd. (TTSL)と、TTSLの株式26.5%を27億米ドルで取得する株主間契約を締結した。同契約ではTTSLが主要な経営指標を満たさなかった場合、ドコモが行使可能なエグジット・オプションが含まれていたが、エグジットの際にタタは(a)2014年3月31日における株式の公正価格、又は(b)取得価格の50% のいずれか高い額(約定価格)で買い取る第三者をみつけることが義務付けられていた。

 2014年にTTSLの経営指標が目標値に達しなかったことを受け、ドコモはこのオプションを行使したが、タタは株式の買い手となる第三者をみつけることができなかった。また、その時点で既に暴落していたTTSLの株式を買い戻すことに対し、インド準備銀行が外為法令に基づき取引を認めなかったと主張した。ドコモは2015年1月3日にロンドン国際仲裁裁判所(London Court of International Arbitration , LCIA)に仲裁を申し立てた。

 仲裁廷は、株主間契約における上記の条文はドコモにとってリスク管理のためのストップロスを目的としたものであったとし、もしタタが第三者の買い手をみつけられなかった場合、取得価格の50%に相当する損害賠償金を支払う義務があるとした。また外為法令は、契約義務を履行するに当たって障害にはならないとし、タタはインド準備銀行から許可を求めずとも、インド内外で第三者の買い手をみつけることができたはずと判断した。2016年7月22日にLCIAはタタに対し、約17億米ドルの損害賠償金を支払うように命じる仲裁判断を下した(LCIA仲裁判断)。

 2016年7月、ドコモはデリー高等裁判所に対しインド国内におけるLCIA仲裁判断の承認執行訴訟を提起した。当初は反論の姿勢をみせていたタタも、LCIA仲裁判断に従うことで合意に至り、両者間で合意条件が話し合われた。損害賠償金の支払いに対して反対の意向を示していたインド準備銀行が訴訟参加を申し立てたが、裁判所は1996年インド仲裁調停法の第48条に基づき、仲裁合意の当事者として認められないとしてこの訴えを棄却した。また、タタによるドコモに対する支払いは損害賠償金であり、株式の取得資金ではないため、インド準備銀行がLCIA仲裁判断の執行に対して異議を述べる法的根拠はないとした。

 

3. 日産/インド中央政府

 日産がCEPAに基づきインド中央政府に対して投資仲裁を提起したと報じられている。報道によると、日産はインド南部のタミル・ナードゥ州政府が約束した投資奨励金7.7億米ドルの未払いを主張。UNCITRALの仲裁規則に基づきJean Kalicki氏(仲裁廷長)、Kaj Hober氏及びインドの元最高裁判所長官であるJagdish Singh Khehar氏により構成される仲裁廷が設置された。

 本件は非公開の仲裁となっているため、当事者間の主張の詳細は明らかになっていないが、2017年12月4日、マドラス高等裁判所において、タミル・ナードゥ州政府は、仲裁の差止めを求める仮処分を申し立てたようである。これに対する裁判所の判断はまだ出されていないようである。

 これに対し日産は、仲裁廷に対し、仲裁の差止めを行わないことを求める暫定措置を申し立てたようである。報道によればこの申立ては認められ、仲裁廷はインド中央政府及びタミル・ナードゥ州政府に対し、マドラス高等裁判所による手続を一時的に中断するためのあらゆる必要な措置を講じるよう命じたとされる。

 

4. インド仲裁調停法の改正

 2015年改正仲裁調停法の施行に伴い、インド国内の仲裁を取り巻く環境は大きく変化した。改正法は、手続の迅速化及び効率化を目的としていると共に、インドを国際商事仲裁のハブにすることを企図している。

 2015年改正仲裁調停法による主な改正点は以下のとおりである:

  1.  • インド国外で実施される仲裁においても、インド裁判所に暫定措置を求めることを可能とする(第2.2条)。
  2.  • 外国仲裁判断の執行に対するインド裁判所の介入が抑制される。特に仲裁判断の執行の可否を判断する上で、裁判所は仲裁判断の実体面を考慮するべきではないという説明書きが法文に明記された(第48条)。
  3.  • 第2(1)(e)条における「裁判所」の定義規定により、国際商事仲裁に関連する申立ては、地方裁判所ではなく、高裁(High Court)に申し立てることが義務付けられた。

 上記改正に引き続き、更なる改正案が2018年初頭に提出されている。当該改正案は内閣により承認され、現在議会の通過を待っている状況である。その主な内容は以下のとおりである。

  1.  • 当事者は、国際仲裁については最高裁判所の指定した仲裁機関に、国内仲裁については高裁に対して、仲裁人の選任を直接請求することが可能となる(第11条)。
  2.  • Arbitration Council of Indiaという独立組織の設置(第43A条)。当該機関は、仲裁機関の順位付け、仲裁人の資格審査、仲裁、調停その他ADRの普及促進等の責務を担う(第43D条)。
  3.  • 仲裁人及び仲裁機関は、仲裁判断以外の全ての仲裁手続について秘密を保持することを明記(第42A条)。
  4.  • 仲裁人が仲裁手続中に善意で行った全ての作為又は不作為に対して、訴訟その他の法的手続がとられることはないことを明記(第42B条)。

 このほか、2016年にはムンバイ国際仲裁センター(Mumbai Centre for International Arbitration , MCIA)が設立されている。 ムンバイに本部を構えるMCIAは、インド国内における最先端の仲裁機関であり、先進的な仲裁規則が設けられ、経験豊富な事務局を有し、立派なヒアリング施設も整備されている。

 なお、インド仲裁調停法第11条は仲裁人の選任権限を裁判所が有することを規定しているが、2015年改正により裁判所に加え、裁判所が指定する仲裁機関も仲裁人の選任資格を有することになった。同条に基づき仲裁人を選任することができる恒久的な仲裁機関の指定は未だなされていないものの、2017年5月、ある仲裁手続において、仲裁人を選定すべき仲裁機関として最高裁判所がMCIAを初めて指定したことは注目に値する。MCIAの認知の高まりと共に、アドホック仲裁が主流だったインド国内仲裁についても、機関仲裁へ大きくシフトしていく可能性も考えられる。

 

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