シンガポール:COVID-19 暫定措置法の成立
――契約上の義務不履行に係る暫定救済措置パートの解説――
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 長谷川 良 和
1 はじめに
シンガポールにおいて、2020年4月7日、COVID-19 暫定措置法(COVID-19 (Temporary Measures) Act 2020)案が国会で可決された。同法は、所定の手続を経て近々成立することが見込まれる。そこで、本稿では、同法で取り扱う事項のうち、企業の関心が高いと考えられる対象契約上の義務不履行に係る暫定救済措置に関し、その概要を解説する。
2 対象契約上の義務不履行に係る暫定救済措置
(1)「対象契約」の射程
COVID-19 暫定措置法は、暫定救済措置の対象となる契約に関し、現時点で、概要、以下の契約を「対象契約(Scheduled Contracts)」として規定している。なお、「対象契約」の射程については、所轄大臣がその内容を随時見直し可能となっている点、留意する必要がある。
対象契約の類型 | |
① | 非居住用不動産の賃貸借又はライセンス(非排他的占有の許諾)契約 |
② | シンガポール所在の商業用又は工業用の不動産を担保とする銀行等による所定の事業者宛ローン契約 |
③ | 製造、生産その他事業目的で使用されるシンガポール所在の工場、機械又は固定資産を担保とする銀行等による所定の事業者宛ローン契約 |
④ | 製造、生産その他事業目的で使用されるシンガポール所在の工場、機械若しくは固定資産又は商業用車両を対象とする割賦販売契約又は条件付売買契約 |
⑤ | 工事契約又は供給契約 |
⑥ | ツーリズム関連契約 |
⑦ | イベント契約 |
⑧ | 上記①に従って供与されるパフォーマンスボンド |
- ※ 上記②③でいう「所定の事業者」は、企業の所有的利益の30%以上をシンガポール市民又は永住者が有し、かつ当該企業が属するグループの直近事業年度における売上が1億シンガポールドル(約80億円。1シンガポールドル=80円での為替計算)以下のシンガポール企業等を意味する。
- ※ 上記⑤でいう「供給契約」は、建物建設業界支払保全法(Building and Construction Industry Security of Payment Act)に定める共有契約を意味する。
(2)暫定救済措置の適用場面
COVID-19 暫定措置法は、対象契約上の義務の不履行に係る暫定救済措置の原則的適用場面を以下のとおり定めている。もっとも、2020年3月25日又はそれ以降に締結又は更新(自動更新を除く)された対象契約には、暫定救済措置は適用されない。
適用要件 | ||
a) | 履行不能 | 対象契約上の当事者が、2020年2月1日又はそれ以降に履行すべき義務を負う契約上の義務を履行できないこと |
b) | 相当因果関係 | 当該履行不能が重要な程度においてCOVID-19事由によって生じたこと(「対象不履行」) |
c) | 通知義務の履行 | 不履行当事者が法所定の方法により契約相手方らに救済に係る通知をしたこと |
- ※ 上記c)の通知義務の通知先には、契約相手方の他、不履行当事者の義務に係る保証人等も含まれる。
(3)暫定救済措置の内容
COVID-19 暫定措置法上の暫定救済措置の適用要件が満たされた場合、法令又は既存契約のいかんに関わらず、対象契約の相手方は、対象不履行に関して対象期間中、大要、以下のような措置を講じることができないとされている。
禁止行為 | |
A | 対象不履行が賃料又は他の金銭不払いの場合の対象契約(不動産の賃貸借又はライセンス契約)の解除 |
B | 対象契約(不動産の賃貸借又はライセンス契約)に基づく立入若しくは没収に係る権利行使、又は類似の結果を有する他の権利行使 |
C | 取引、事業又は職業のために使用される動産に関する賃貸借、割賦販売又は所有権留保契約に基づく当該動産の占有回復 |
D | 不履行当事者又はその保証人に対する裁判所での法的措置又は仲裁法に基づく仲裁手続の開始又は継続 |
E | 不動産担保執行、又は取引、事業若しくは職業のために使用される動産の担保執行 |
F | 不履行当事者又はその保証人に対する所定の倒産手続開始申立て |
G | 不履行当事者又はその保証人の資産・事業に係る財産管理人の選任 |
H | 別途規定されるその他の行為 |
上記でいう対象期間は、所轄大臣が定める6か月以内の期間(延長又は短縮可能性あり)の満了、不履行当事者による救済通知の取下げ、又は査定者による暫定救済措置の不適用決定のいずれか最も先に到来するまでの期間とされている。
なお、COVID-19 暫定措置法は、契約当事者が、同法に基づく制限以外の措置を講じることは妨げていない。
(4)工事契約・供給契約等に係る追加救済措置
工事契約及び供給契約に関しては、上記(3)に加え、追加救済措置が定められている。例えば、以下の追加救済措置が挙げられる。
-
1. 対象不履行が、2020年2月1日以降かつ対象期間満了前に生じた場合には、契約上のいかなる規定にも関わらず、対象不履行に関して契約上支払義務の対象となる損害賠償額の予定の計算又は他の損害額の算定において、対象不履行の存続期間は、不履行当事者の遅延期間の計算又は算定の基礎から除外される。
- 2. 対象不履行が、契約に基づく商品又は役務の供給に係る不履行であり、かつ当該不履行が、2020年2月1日以降かつ対象期間満了前に生じた場合には、契約上のいかなる規定にも関わらず、当該契約上の義務不履行が重大な程度COVID-19事由によって生じたという事実は、当該対象不履行に関する契約違反を理由とする請求の阻却事由となる。
なお、ツーリズム関連契約及びイベント契約についても、別途の追加救済措置が定められている。
(5)査定申立て
対象契約の当事者は、所定の期間中、具体的事案についてCOVID-19 暫定措置法上の暫定救済措置が適用されるかの判断のため、当局に対し査定者の選定を申し立てることができる。査定者は、具体的状況の下で公平かつ公正な結論の実現を追求しなければならないものとされており、査定者の決定は申請に係る全当事者を拘束する。査定者の決定に対し、不服申立ては認められていない。また、査定手続において、弁護士が当事者の代理人として行為することは、認められていない。
(6)違反の効果
COVID-19 暫定措置法上の上記暫定救済措置に係る禁止行為に合理的理由なく違反した者は、1,000シンガポールドル(約8万円)以下の罰則対象とされている。またそれ以外にも所定の法的効果が定められている。
3 終わりに
COVID-19 暫定措置法は、契約上の義務の不履行に係る暫定救済措置以外にも、財務上苦境に陥った企業等のための救済措置、法令上定められた各種会議の開催に係る暫定措置、裁判所手続に係る暫定措置といった他の事項についても定めており、また契約上の義務の不履行に係る暫定救済措置についても、今後当局が政策的要素を踏まえて実務的な運用が図られることが見込まれている。したがって、今後の下位規則や実際の運用について注視する必要がある。
以上