◇SH3226◇ベトナム:コロナ制圧に成功したベトナムの法的枠組み 澤山啓伍(2020/07/07)

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ベトナム:コロナ制圧に成功したベトナムの法的枠組み

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 澤 山 啓 伍

 

 ベトナムは新型コロナウイルス感染症対策で最も成功している国・地域の一つと言われる。同感染症の感染者は2020年6月30日現在で355人、死者は0人を維持しており、国内での市中感染は4月16日以降確認されていない。

 このような成功は、早い段階からのベトナム政府の強い危機感に基づく迅速かつ徹底的な措置に基づくものと考えられる。実際に採られた措置の詳細については、すでにメディアなどで様々紹介されている[1]が、ともすると、ベトナムでの今回の成功は、社会主義国であるが故の強権的政治により達成できたものとみられがちに思われる。もちろんそういった面は否めないが、調べてみると、ベトナムでは従前からこのような事態を想定した法制が整備されており、今回の措置はそれをうまく活用したものであって、超法規的手段が採られたわけではないことが分かる。本稿では、それらの措置の法的根拠について紹介する。

 

1. 感染症防止法(法律第03/2007/QH12号)

 ベトナムで採られた新型コロナウイルス感染症対策の措置の多くは、感染症防止法(法律03/2007/QH12号)に基づくものである。この法律は、2007年に成立、翌年施行されたもので、感染症の防止・管理に関する方針、管轄機関及び体制などについて定めているものである。ベトナムでは2003年のSARS流行時に、同感染症が中国南部で発生していたものの中国政府が情報を公開せず詳細が判明する前の時点で、香港からの入国者が発症してハノイの病院に入院し、院内感染が発生して感染者63名、死者5名という被害を受けていた。ただ、この際にも、ベトナムに駐在していたWHOの感染症専門家[2]による迅速な対応があり、ベトナム政府がWHOの助言を早期に受け入れていたことで、国内での流行をこの範囲に抑え込むことができたとされている[3]。感染症防止法は、この教訓を踏まえて制定されたものと思われる。

 同法では、感染症の流行が宣言された場合、以下のような措置を講じることができることが定められている。

 

公共の飲食施設の運営の一時停止

伝染病の伝染を仲介する食品の販売・使用の停止

大勢の人が集まることの制限

疫病流行地域の活動やサービス提供の一時停止

疫病流行地域へのアクセスの制限

疫病流行地域に入った者の保護措置の適用

 

2. 採られた措置と、その法的根拠

 ベトナム政府は、2月1日の段階で、新型コロナウイルス感染症を、感染症防止法における「A級感染症」に指定した(2020年2月1日付首相決定第173/QĐ-TTg号)。A級感染症は、死亡比率が高く非常に危険な感染症を指すものである。

 さらに、4月1日には、新型コロナウイルス感染症は、「全国流行病」に認定され(2020年4月1日付首相決定447/QĐ-TTg号)、ベトナム全土での対策措置の実施が可能となった。

 具体的には、以下のような措置が採られた。

 

(ア)感染者及びその濃厚接触者の隔離

 感染者は「F0」、感染者との濃厚接触者は「F1」、F1との濃厚接触者は「F2」と呼ばれ、それ以降の濃厚接触者も同様にF3~F5などと呼ばれた。F0及びF1は病院での集中隔離、F2及びF3は自宅での2週間の隔離が強制された。これらの措置は、感染症防止法49条及び政令第101/2010/ND-CP号第1条乃至第14条に基づくものであり、違反者には最大1千万ドン(約5万円)の罰金が科されることになっている(政令第176/2013/ND-CP号第10条)。濃厚接触には、同じ飛行機に搭乗していた場合なども含まれることになっているため、F1~F3に該当する人数は相当数に及び、一時は9万人にものぼっていたとされる。海外から帰国した政府高官の感染が確認された際にも、同人の感染が発覚するまでの間に濃厚接触のあった高官らも例外なく隔離対象とされたとの報道があり、政府の対策の徹底ぶりを物語っていた。

(イ)村やマンション一棟の閉鎖

 ベトナムでは、当初、武漢に研修に行っていた日系企業のベトナム人従業員複数名の感染が確認されたが、ビンフック省ソンロイ村ではその家族など11人の感染が確認されたため、ベトナム政府は、人口約1万人の同村を2020年2月13日から20日間封鎖した。また、ホーチミン市では、感染者が居住していたマンションが封鎖され、全住民が隔離措置を受けることになったほか、ハノイ市内でも、感染者の住居のある通り一体が封鎖されるという事態があった。

 このような措置は、感染者と直接接触していない住民も含め、行動の自由を大幅に制限するものであるが、感染症防止法第53条にあるA級感染症の流行地域への出入りを禁止する措置として講じられたものと考えられる。この措置への違反に対しては、個人の場合は2千万~3千万ドン(約10万~15万円)の罰金、組織の場合はその2倍の罰金が科されることになっている(政令第176/2013/ND-CP号11条6項)。

ウ)飲食店などの営業停止

 ベトナム政府は、2020年3月27日に首相指示第15/CT-TTg号を公布し、4月1日から15日間、全土での原則自宅待機を命じる「社会隔離」を実施したが、その中には、必需品やサービスを取扱う店舗以外の商業サービス店の臨時休業が含まれ、全土の飲食店も休業を余儀なくされた。

 このような飲食店の休業については、感染症防止法第52条1項a号に基づくものと考えられる。この措置への違反に対しては、違反者が個人の場合は5百万~1千万ドン(約2万5千~5万円)の罰金、組織の場合はその2倍の罰金が科される(政令176号11条4項)。また、その他の店舗の休業についても、感染病防止法第52条1項c号に定める「流行地域の公共の場所での活動やサービスの一時停止」を根拠にしているものと考えられる。

 なお、休業に対する政府からの補償や支援金はなく、その必要性について議論があったという話も聞かない。

(エ)国内移動手段の制限

 「社会隔離」の実施を指示した上記首相指示第15/CT-TTg号では、ハノイ及びホーチミン市から全国のその他地域への飛行機や旅客輸送活動を制限することも指示されている。実際、これを受けて、各地で路線バス、タクシーなどの運行停止、国内航空便、南北鉄道の大幅な減便が行われた。

 このような措置について直接関連した規定は見当たらないが、感染症防止法第53条1項a号のA級感染症の流行地域への出入りを禁止する措置として実施されたものと考えられる。

(オ)入国者の制限・隔離

 ベトナム政府は、2020年3月22日以降、全ての外国人の入国を原則停止している(政府官房通知第118/TB-VPCP号)。ベトナム人の帰国者、及び外国人が例外的に入国を認められた場合には、入国後、軍の施設などでの14日間の隔離を強制している。

 このような入国者の制限については、ベトナムにおける外国人の入国・出国・乗継・居住に関する法律第21条第4項及び第7項に根拠がある。また、入国者の隔離については感染症防止法第49条に根拠がある。隔離措置に対する違反に対しては、最大1千万ドン(約5万円)の罰金が科される(政令176号10条)。

(カ)感染者の行動履歴の開示

 ベトナム政府は当初より感染拡大の防止のために情報公開が重要との姿勢を示しており、早い段階から感染者数やそれぞれの感染経路についての報道がさかんにされていた。ベトナム保健省は、ウェブ上で感染者数とそれぞれの年齢、性別、国籍、感染経路などを公表している。さらに、ハノイ市がリリースしたアプリでは、市内の感染者や隔離対象者の住所、直近の訪問場所なども確認できていた。

 このような情報公開については、日本ではプライバシーとの関係が問題になるが、ベトナムではそのような議論がされた形跡はなく、公衆衛生のために必要な措置として当然に受け止められているように見受けられる。

以上



[1] 例えば、

・中安昭人「【緊急レポート】新型コロナ対策優等生といわれるベトナム。在住日本人から見たベトナム政府の対応はどうだったか?」2020年6月3日(https://news.yahoo.co.jp/articles/f515eaac2f15ae1687b36763a28ed817ee063588、2020年7月3日最終閲覧)

・キャピタル アセットマネジメント 調査部「コロナ感染拡大でも「死者数0」を誇るベトナム…感染症対策は」2020年4月24日(https://gentosha-go.com/articles/-/26743?fbclid=IwAR0efV2_CcdTp1hJ3bkk5yXPZXZOmUFl3c5x0Gh-6j0rlmZoLuL7epd8nyY、2020年7月3日最終閲覧)

[2] カルロ・ウルバニ医師。同氏の功績については、NHKスペシャル「SARSと闘った男〜医師ウルバニ 27日間の記録〜」https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20040215を参照。

[3] みずほ総合研究所「ベトナムは新型感染症にどう対応したか」2006年10月4日(https://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/asia-insight/asia-insight061004.pdf、2020年7月3日最終閲覧)

 

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