◇SH3467◇インドネシア:オムニバス法の制定(6)〜労務分野への影響② 福井信雄 小林亜維子(2021/02/02)

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インドネシア:オムニバス法の制定(6)〜労務分野への影響②

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 福 井 信 雄
弁護士 小 林 亜維子

 

 本稿では前稿に引き続き、オムニバス法の労務分野への影響について紹介する。

 

3.雇用の終了

 オムニバス法による雇用の終了に関する改正は以下の通りである。これまでは、法定の解雇事由や労働協約等に規定のある事由に基づく雇用関係の終了であっても、労使間で雇用の終了について合意ができない場合には労働裁判所の判断が必要となる等、雇用主が一方的に雇用を終了させることが実務上困難であった。オムニバス法の施行により、雇用の終了に労働裁判所の判断を仰ぐ必要がなくなったほか、雇用主側に有利な方向に改正されていると評価できる。

 

  改正前 改正後
解雇手続
  1.   雇用主は、労働者及び労働組合に対して、雇用関係の終了を回避するためのあらゆる努力を行う義務があり、かかる義務を履行してもなお雇用関係を終了させることが不可避といえる場合に、雇用主は労働組合又は労働者と協議をする。
  2.   協議にて合意ができなかった場合には、原則として雇用主は労働裁判所の決定を受けた場合に限って当該労働者との雇用関係を終了させることができる(労働協約に規定される解雇事由に該当する場合もこの手続きが必要となる)。
  1.   雇用主、労働者、労働組合及び政府には、雇用関係の終了を回避するため努力する義務があるが、雇用関係の終了が不可避である場合、雇用主は、労働者及び・又は労働組合に対して、雇用関係を終了する目的及び理由を通知しなければならない。
  2.   上記通知を受領した労働者が雇用関係の終了を拒否した場合、雇用主は当該労働者及び労働組合で協議する。
  3.   上記協議でも労使間で合意ができない場合は、労働関係の紛争解決の手順に従って雇用関係を終了させる。(具体的な紛争解決の手順については施行規則において定められるものと推測され、現時点ではその内容については明らかではない。) 
  4.   雇用主が労働者・労働組合へ行う上記通知は以下の場合に不要とされる。
  5.  

    1. ① 労働者の自己都合退職
    2. ② 有期雇用契約の期間満了に基づく終了
    3. ③ 労働契約、就業規則又は労働協約に定められる定年に達した場合
    4. ④ 労働者が死亡した場合
  6.   労使間で雇用関係の終了の合意ができなかった場合、雇用関係を終了させるために労働裁判所の決定が必要との規定は削除された。
解雇事由 (社内婚姻等) 

  1.  • 労働協約又は就業規則に規定することによって労働者が同じ会社内の労働者との間で血縁関係又は婚姻関係を持つ場合を解雇事由とすることができる。
  2.   但し、2017年にインドネシアの憲法裁判所は、この点について労働法の規定が無効であると判断した。
  1.   憲法裁判所の判決を反映し、労働協約又は就業規則によっても労働者が同じ会社内の労働者との間で血縁関係又は婚姻関係を持つ場合を解雇事由とすることはできないとした。
(刑事告訴に基づく身柄拘束)

  1.   雇用主以外から刑事告訴を受け、当局に身柄拘束されている労働者に対して賃金を支払う義務はない。但し、当該労働者の家族のため法定額の経済的支援を行う。
  1.   雇用主が刑事告訴した場合も、当局に身柄拘束されている労働者に対しては賃金を支払う義務はない。当該労働者の家族への経済的支援の規定は維持されている。
(雇用契約、就業規則又は労働協約違反) 

  1.   直ちに解雇することはできず、原則6か月間効力を有する第一警告文書を発する必要があり、その6か月の間に再度雇用契約等に違反した場合には、第二警告文書を発し、同様に第三警告文書まで発し、それから6か月以内に再度違反があった場合に初めて解雇処分を下すことができる(但し、この場合も、労働者と雇用関係の終了について合意できない場合には、労働裁判所の決定が必要となる。)。
  1.  • 左記規定は削除された。労働法は、労働者が雇用契約、就業規則又は労働協約に違反した場合、雇用主は6か月間有効な警告文書を連続的に3通発行すれば当該労働者との雇用契約を終了させることができるとしているが、雇用契約、就業規則及び労働協約において別の定めを行った場合には、その手続きに従うこととなる。
(大規模な雇用の終了)

  1.   以下の場合に、雇用主は労働者との雇用を終了することができる。(但し、この場合も、労働者と雇用関係の終了について合意できない場合には、労働裁判所の決定が必要となる。)

    1. ① 会社に組織変更、合併又は株主(所有者)の変更が発生し、労働者が雇用関係を望まない場合
    2. ② 会社が2年間継続して損失を計上し、又は不可抗力の発生により会社を閉鎖する場合
    3. ③ 会社の破産を理由とする場合
  1.   以下の場合に、雇用主は労働者との雇用を終了することができる。

    1. ① 合併、統合、買収又は会社分割の際に、労働者又は雇用主が雇用関係の継続を望まない場合(会社の組織変更時にはそれを理由として雇用関係を終了させることはできなくなった。)
    2. ② 雇用主が損失を計上し、効率性を維持するために雇用の終了が必要と判断する場合(会社の閉鎖は必要としない。)
    3. ③ 2年間継続して損失を計上し、又は不可抗力により会社を閉鎖する場合
    4. ④ 雇用主が支払停止に陥っている場合
    5. ⑤ 会社の破産を理由とする場合
退職金
  1.   期間の定めのない雇用契約に基づく雇用関係を終了させる場合に、雇用主が当該労働者に対して法定の退職金を支払わなければならない。
  2.  • 退職金は、退職手当、功労金及び損失補償金の3種から構成される。退職手当及び功労金については勤続年数に応じた額の算定方法が規定されており、損失補償金については、①未消化年次休暇、②労働者及びその家族の移動費用、③住宅手当及び医療手当の補償として退職手当及び功労金の15%並びに④その他雇用契約、就業規則及び労働協約で規定される補償を支払うものとする。
  3.   また、雇用関係終了事由によって、退職手当及び功労金は加重される場合がある。
  4.   自己都合退職や労働者による特定の不正行為を理由とする労使関係の終了の場合に、労働者は損失補償金のみ支払いを受けられる。
  1.   退職金の支払いが必要となる点変更はないが、損失補償金の構成要素の一つであった③住宅手当及び医療手当の補償としての退職手当及び功労金の合計金額の15%の支払いについては不要となった。
  2.   雇用関係終了事由によって退職手当及び功労金を加重する規定は削除された。
  3.   自己都合退職や労働者による不正行為を理由とする労使関係の終了の場合に労働者が損失補償金のみ支払いを受けられるとする規定は削除された。従って、この場合にも法定の退職金の支払いが必要となる。
  4.   退職金の支払いを怠った場合に罰則(1年以上4年以下の懲役及び1億ルピア以上4億ルピア以下の罰金)を設けた。
失業保険  • 失業保険制度はない。
  1.   社会保障機関(BPJS)及び政府によって新たなに失業保険制度が導入され、失業補償手当が労働者に給付されることとなる。
  2.   失業補償手当の内容は、以下の通りである。

    1. ① 6か月分の賃金相当額を上限とする現金
    2. ② 労働市場に関する情報や機会へのアクセス
    3. ③ 職業訓練

 

 


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(ふくい・のぶお)

2001年 東京大学法学部卒業。 2003年 弁護士登録(第一東京弁護士会)。 2009年 Duke University School of Law卒業(LL.M. )。 2009年~2010年 Haynes and Boone LLP(Dallas)勤務。
2010年~2013年10月 Widyawan & Partners(Jakarta)勤務。 2013年11月~長島・大野・常松法律事務所 シンガポール・オフィス勤務。 現在はシンガポールを拠点とし、インドネシアを中心とする東南アジア各国への日本企業の事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。

 

(こばやし・あいこ)

2007年同志社大学法学部法律学科卒業。2009年京都大学法科大学院修了。2010年弁護士登録(第一東京弁護士会)。2016年Stanford Law School卒業(LL.M.)。2017年から2018年まで長島・大野・常松法律事務所ジャカルタ・デスク(Soemadipradja & Taher内)勤務。現在は東京オフィスにて、日本企業によるインドネシアへの事業進出及び資本投資その他の企業活動に関する法務サポートを含む国内外の企業法務全般に従事している。

 

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