フィリピン:新型コロナウイルスの流行に伴う、
企業結合届出が必要となる基準の一時的な緩和(2)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 箕 輪 俊 介
2. 本法による改正の内容
本法は、上述のとおり、新型コロナウイルスの影響に伴い大きな打撃を受けたフィリピン経済の立て直し対策の一環として、フィリピン競争法上、企業結合届出が必要となる基準を一時的に緩和することを規定している。具体的には以下のような内容が規定されている。
- (1) 本法の施行日(官報に掲載された2020年9月15日)から2年以内に締結される全ての企業結合取引のうち、500億フィリピンペソ(約1080億円)を下回る取引金額のものは、企業結合届出を行う義務から免除される。
- (2) PCCは、本法の施行日から1年間、500億フィリピンペソを下回る取引金額の全ての企業結合取引について、自主的な審査を行わない。
本法の発効後、PCCから本法に関連する下位規則が公布された。本下位規則により、本法により示された500億フィリピンペソという金額基準は当事者テスト及び取引テストのいずれの基準にもあてはまることが示された。
また、2020年9月17日のPCCの公表及び本下位規則によれば、本法の適用を受ける取引は本法施行日から2年以内に締結された取引であり、本法施行日より前に締結された取引(施行日時点でPCCが審査中の取引も含む)は本法の適用を受けず、上述の従前の当事者テスト及び取引テストの基準を充たす限り、本法施行日以降も企業結合届出の対象となる(企業結合届出は確定契約締結時から30日以内に行うことが義務づけられている)。また、本法施行日より前に締結された取引は本法施行日以降もPCCによる自主的な審査の対象となる。
3. 実務への影響
フィリピンの企業結合届出は他国のそれと同様に膨大の資料の提出が当局より要求され、また、PCCの承認が出るまでの間、取引の実行が禁止されるため(通常30日、最長90日)、手続的にも時間軸的にも取引当事者への負担が大きい。また、フィリピンは外資規制が存在するため、特定の事業に進出するためには、フィリピンの企業との合弁形態を選択せざるを得ないものの、上述のとおり、企業結合届出は合弁事業もその対象となり、一定規模以上の合弁プロジェクトについては、企業結合届出が必要となる場合が多い。その中で、今回の金額基準の引き上げにより企業結合届出を要する取引が減り、当事者の負担が減るケースが増えることは評価できる。
なお、本法は上述のとおり、企業結合届出の免除については2年という期間を設けているものの、PCCが一定の取引分野における競争を実質的に妨げ、制限し又は減じる企業結合を禁止する権限については本法施行後も制限されていない点に留意する必要がある。この点、本下位規則にて、PCCは、自主的な審査を行わないとする1年間の期間が経過した後は、本法の適用期間内に行われた本法の適用を受ける取引であっても当該取引が競争法の観点から問題があると考えられる場合は自主的な審査を行う可能性がある旨規定している。したがって、本法の適用期間内に行われたため、企業結合届出が免除されるような取引(当事者テスト又は取引テストのいずれか又は双方にて500億フィリピンペソの基準を下回る金額となる取引)であっても、PCCによる自主的な審査の対象となりうるか否か、特に従前の金額基準である60億フィリピンペソ及び24億フィリピンペソを超す規模の取引については慎重に評価し、場合によってはPCCに事前相談を行ったうえで、自主的な届出を行うことを検討するべきであろう。
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(みのわ・しゅんすけ)
2005年東京大学法学部卒業、2007年一橋大学大学院法学研究科(法科大学院・司法試験合格により)退学。2014 年Duke University School of Law 卒業(LL.M.)、2014 年Ashurst LLP(ロンドン)勤務を経て、2014 年より長島・大野・常松法律事務所バンコク・オフィス勤務。
バンコク赴任前は、中国を中心としたアジア諸国への日本企業の進出支援、並びに、金融法務、銀行法務及び不動産取引を中心に国内外の企業法務全般に従事。現在は、タイ及びその周辺国への日本企業の進出、並びに、在タイ日系企業に関連する法律業務を広く取り扱っている。
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