◇SH3563◇ベトナム:マイノリティ出資時の企業結合届出の要否 澤山啓伍(2021/04/05)

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ベトナム:マイノリティ出資時の企業結合届出の要否

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 澤 山 啓 伍

 

 ベトナムでは2019年7月から新しい競争法(法律第23/2018/QH14号。以下「新競争法」)が施行され、2020年5月にその施行細則である政令35/2020/NÐ-CP号(以下「政令35号」)が施行された[1]。新競争法では、一定の要件を満たすM&Aについて、当局への事前通知を要求しているところ、出資者がベトナム事業者の少数持分を取得(マイノリティ出資)する場合でもこの通知が必要にあるのかにつき、法令の解釈に疑義があり、実務上混乱を来していた。今般この点について実務的な運用の指針となる当局の見解を取得したので、ご紹介する。

 

1. 前提:企業結合届出が必要な場合

 まず、新競争法では、その実行前に当局への通知を必要(新競争法第33条)とする経済集中の一つとして「事業者買収」を位置づけており(同法第29条第1項)、「事業者買収」とは、「一つの事業者が直接又は間接にその他の事業者の全部又は一部の資本,財産を購入して,買収される事業者又はその事業者の一部の分野,業種を統制,支配すること」(下線は筆者による。法令の和訳はJICA提供のベトナム六法から引用。以下同じ。)をいうとしている(同条第4項)。

 政令35号は、この「統制、支配する」(ベトナム語ではkiểm soát, chi phối)ことの意味として、これに該当する場合を列挙しているが、その中には、以下の権利を買収事業者が取得する場合が含まれている(政令35号第2条第1項第c号)。

  1.  –  買収される事業者の取締役会の構成員の多数もしくは全員、社員総会会長、社長もしくは総社長の選任、解任または罷免を直接または間接的に決定する権利。
  2.  –  買収される事業者の定款の変更、補足を決定する権利。
  3.  –  買収される事業者の経営組織形態の選択、事業の分野・業種・地域・形態の選択、経営の規模および分野・業種の調整選択、経営資本の調達・分配・使用の形式・方式の選択を含む、買収される事業者の経営活動における重要な事項を決定する権利。

 

2. 問題点:拒否権のみの取得でも「支配」に該当?

 ベトナムの企業法では、株式会社の事業目的の変更は、株主総会における特別決議事項とされており、出席株主の総議決権の65%の賛成で決定される。したがって、例えば非公開株式会社の株式の40%を取得するマイノリティ出資の場合であって他にマジョリティを有する大株主がいる場合には、(別段の合意がない限り)買収事業者は買収される事業者の「事業の分野……の選択」についての変更に対する拒否権はあっても、それを決定する権利は有しない。したがって、この場合には、買収事業者は買収される事業者を「統制、支配する」には至っていないため、「事業者買収」には当たらず、したがって当局への通知は必要ないと解釈するのが自然であり合理的と思われる。

 しかしながら、ベトナムの当局(競争・消費者庁、以下「VCCA」という。)は、少なくとも政令35号の公布直後の時期においては、上記のような拒否権を取得するにマイノリティ出資であっても「統制、支配」の取得に当たり、企業結合通知が必要であるという見解を(非公式ではあるものの)採っていたようである[2]

 

3. 当局の新たな見解

 幸い、VCCAは上記の当初見解を修正したようである。

 まず、2021年1月にVCCAが主催したセミナーにおいて、VCCAの幹部は、買収事業者が単なる拒否権を取得しただけで必ず「統制、支配」を取得すると解釈されるわけではないことを明確に認めた。

 さらに、2021年3月、当事務所が、VCCAに対して買収事業者が株式会社の株式の40%を買収することを計画している場合について文書で意見照会を行ったところ、VCCAから、以下のような見解を示した文書による回答が得られた[3]

  1.  「……普通株式の40%を保有する投資家は、2020年企業法及び対象会社の定款に従った権利を有する。その場合、投資家は、対象会社の定款の修正その他重要な事項を決定する権利を有しない。」(翻訳は筆者)

 そして、VCCAは、別途株主間契約等で合意がない限り、当該マイノリティ出資は「事業者買収」には当たらないとした。

 もちろん、単に定款変更等の拒否権を有する場合であっても、他の株主の構成などによっては実質的にそれが定款変更の決定権に等しいと評価できる場合もあろう。ただ、今回のVCCAの修正見解は、拒否権を有することだけでは決定権の取得には当たらないという(ある意味当然至極ではあるが)合理的なものであり、その点がクリアになったことは歓迎できる。

 


[2] 例として、Response to question 2 at: <https://tinyurl.com/myyjd3p4>における質問2に対する回答や、<https://tinyurl.com/s645r5p9>中のSection2.2.3参照

[3] 当該回答文書は公開されていない。詳細をお知りになりたい方は筆者にお問い合わせいただきたい。

 


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(さわやま・けいご)

2004年 東京大学法学部卒業。 2005年 弁護士登録(第一東京弁護士会)。 2011年 Harvard Law School卒業(LL.M.)。 2011年~2014年3月 アレンズ法律事務所ハノイオフィスに出向。 2014年5月~2015年3月 長島・大野・常松法律事務所 シンガポール・オフィス勤務 2015年4月~ 長島・大野・常松法律事務所ハノイ・オフィス代表。

現在はベトナム・ハノイを拠点とし、ベトナム・フィリピンを中心とする東南アジア各国への日系企業の事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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