国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第7回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その5
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第7回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その5
5 契約に明示的な定めのない権利義務の認定(implied terms)
⑴ コモン・ローのもとでのimplied terms
シビル・ローとコモン・ローの差異については、前回概要を述べたとおりであるが、契約関係についていえば、コモン・ローのもとでは、契約書によって一からこれを構築しようとするのが基本である。したがって、契約当事者の権利義務も、基本的には契約書に定めるとおりとなるが、例外的に、契約に明示的な定めのない権利義務が契約に読み込まれる場面が存在する。具体的には、慣習や当事者間の過去の取引実態、契約締結時の当事者の合理的意思解釈、個別の法令などに基づき、当事者が明示的に合意していない内容が契約条件として認められることがあり得る。かかる黙示の契約条件(implied terms)は、前回取り扱った信義誠実義務を包含し得るものであるが、完全に重なるのではなく、むしろ、コモン・ローにおいては信義誠実義務より広い概念であるといえる。
以下では、原則としてコモン・ローにおけるimplied termsについて説明するが、シビル・ローのもとでも黙示の契約条件が認定されることはあり、なおかつ、成文法や一般的法原則に基づいてコモン・ローよりも柔軟な認定が行われ得ることを付言しておく。
⑵ Implied termsの典型例
典型的なimplied termsには、下記のようなものが含まれる。なお、これらの契約条件を認定する際には、契約当事者の意思や契約の客観的意義が根拠とされる(すなわち、かかる条件が当事者の意思や契約の客観的意義を反映していると判断される)ことが多い。
① 相手方当事者による契約の履行を妨害しない義務
② 契約上の裁量を恣意的に行使しない義務
③ 契約当事者が相互に協力する義務
かかる義務は、シビル・ローのもとでの信義則に基づく義務と類似した性質を持つものである。言い換えれば、信義則という包括的な法原則がないコモン・ローのもとでも、implied termsにより、結果的に類似の義務が認定される可能性はあるということになる。
もっとも、契約当事者間の関係を一から契約書によって築こうとするコモン・ローにおいては、単にビジネスの観点から合理的な結果を導くためにimplied termsが認定されることはない。すなわち、契約上の明示的な条件に従えば、一方当事者が著しく多額の費用を負担することになるなど、ビジネス的に極めて不合理な結果が生じる場合でも、その結果を変えるためにimplied termsが認められるわけではないことに注意が必要である。
⑶ 建設契約におけるimplied terms
a. 概要
EmployerとContractorが長期にわたってプロジェクトの完成を目指す建設契約においては、一般に、EmployerがContractorの義務の履行を妨害しない義務や、相互の協力義務がimplied termsとして認められるとされる。
これはFIDICにおいても同様であり、たとえば、1999年版のYellow Bookをベースとした契約のEmployerによる解除が問題となった英国の事案では、EmployerがContractorに対して義務違反の治癒を求める通知を行った後に、Contractorによる当該義務違反の治癒をEmployerが妨害した場合には、同義務違反を理由とした解除は許されないとの見解が示されている。[1]
b. Fitness for purposeとの関係
Contractorが設計および工事の両方を行うdesign-buildの契約では、第4回で取り扱ったfitness for purposeの義務がimplied termsとして認定されることがあり得る。とりわけ、契約において工事等の目的が明確に特定されている場合には、Contractorがfitness for purposeの義務を負っていると認定されやすくなる。
FIDICにおいては、Yellow BookおよびSilver Bookにfitness for purposeの明文の定めがあり、Red Bookでも、部分的にではあるが、明文でfitness for purposeの義務が課されている。明文がある以上、implied termsの認定を待つまでもなく、かかる義務は存在することとなるが、非常に厳格な義務であることから、その存在を問題視するContractorは珍しくない。
もちろん、ContractorがEmployerに対して交渉力を持っている場合には、明文でfitness for purposeの義務を排除することは可能である。その場合、Contractorとしては、工事等の履行につき、いかなる義務が適用されることになるかを明確に定めておくことが肝要である。たとえば、工事等が目的に合致するという「結果」に対する義務であるfitness for purposeに代えて、工事等に際してreasonable skill and careを発揮するという「過程」に対する義務を定めれば、負担の緩和につながり得る。
ただし、fitness for purposeという文言を使用しない場合でも、これと同様に「結果」に対する義務を課す文言が残っていれば、Contractorの負担の緩和とはならないことに注意する必要がある。たとえば、工事等が「suitable for the purposes」であることや、「compliant with the Employer’s requirements」であることを約束する文言は、fitness for purposeの義務が定められている場合と同じ結果を招きかねない。また、単にfitness for purposeの条項を削除しただけでは、結局implied termsによりfitness for purposeの義務が認定される可能性もあるため、Contractorの視点からは、明文でfitness for purposeの義務を排除することに加え、明確な代替条項を定めておくことが重要となる。