SH3799 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第29回 第5章・Delay(4)――Delayに関するコストの請求 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/10/21)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第29回 第5章・Delay(4)――Delayに関するコストの請求

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第29回 第5章・Delay(4)――Delayに関するコストの請求

1 はじめに

 第24回で述べたとおり、FIDICが対象とする大規模な建設・インフラ工事において、時間は重要な意味を持ち、工事の遅れは様々な損失の原因となる。第25回から第27回にかけて述べたEOT(Extension of Time)に関するルールは、かかる損失のうちEmployerに生じるものを対象としており、これをContractorに転嫁するか、あるいはEmployerが甘受するかを、EOTを認めるか否かによって、換言すれば、期限の延長を認めるか否かによって定めている(EOTが認められなければ、Contractorの遅滞責任という形でEmployerの損失がContractorに転嫁され、EOTが認められなければ、Contractorは遅滞責任を負わず、Employerが損失を甘受することになる)。

 一方、工事の遅れは、Contractorにも損失をもたらす。たとえば、工期の延長により、必要となる建設機材のリース料や、人件費が増加し、かかるコスト増はContractorの損失といえる。今回の検討対象は、工事の遅れによりContractorに生じる損失ないし増加コストについて、これをEmployerに転嫁するか、あるいはContractorが甘受するかを定めるルールである。かかる損失ないし増加コストは、一般に「prolongation cost」と呼ばれる。

 なお、実務的には、工事の遅延に関して、ContractorからEOTの請求と、prolongation costの請求が同時に行われることが多い。すなわち、Contractorの多く見られる対応として、遅延の原因がEmployerにリスクが帰属するものであると主張して、Employerに生じた損失はEmployerに甘受してもらい、Contractorに生じた損失ないし増加コストはEmployerに転嫁することを請求するということである。

 

2 リスク分担ルールと、EOTとの比較

 Contractorに生じた損失ないし増加コストをEmployerに転嫁するか否かは、基本的に、その分の工事代金増額を認めるか否かという問題として扱われる。

 また、第9回において述べたとおり、不完備契約である大規模な建設・インフラ工事契約において、リスク分担ルールと変更ルールが重要であるところ、工事代金額に関するリスク分担ルールは、第22回および第23回において述べたとおりである。工事遅延についても、基本的にはその遅延の原因に応じて、当該リスク分担ルールが適用され、工事代金増額が認められるか否かが判断される。

 工事代金の増額の根拠となる事由は、多くの場合、EOTの根拠となる事由と重なっている。工事代金の増額が認められるということは、Contractorに生じた損失をEmployerに転嫁するということであり、Employerにリスクが帰属することを意味する。したがって、多くの場合は、Employerにリスクが帰属するという形で、Employerの損失およびContractorの損失双方について、共通のリスク分担ルールが定められている。

 ただし、次の2つの事項については、EOTの根拠とされているものの、代金増額の根拠とはされていない。

 ・異常気象

 ・伝染病または政府の行為による予見不可能な人工または資材等の不足

 

 すなわち、これら2つの事項については、Employerに生じた損失については、Employerにリスクが帰属し、Contractorに生じた損失については、Contractorにリスクが帰属するという、いわば各自負担というリスク分担ルールとなっている。

 Covid-19に関しても、EOTはかなりの期間分認められる一方、Contractorの増加コスト等の請求は容易には認められないという状況であるというのが、筆者らの認識である。

 

3 変更ルール(手続)

 変更ルールについても、工事代金増額に関する変更ルールが適用される。その内容については、第22回および第23回において述べたとおりである。

 ただし、Contractorにとって、prolongation costの請求は、必ずしも容易ではない。次回においても述べるが、Contractorは、Employerがリスクを分担すべき事由によって生じた増加コストであること、すなわち因果関係を立証する必要があり、その立証は必ずしも容易ではない。

 この点についても、前回言及した、SCLの Delay and Disruption Protocol[1]が参考になる。なお、SCLというのは、Society of Construction Lawの略称で、建設法分野における教育や調査、研究の促進を目的とするイギリス発祥の団体である。

 同Protocolの20項は、prolongation costの請求は、別途の定めがない限り、「実際に行われた作業」「実際に要した時間」「実際に発生した損失ないしコスト」に限って認められると定めている。これらの存在と、Employerがリスクを分担すべき事由との因果関係とを、Contractorは立証する必要がある。

 なお、Delay and Disruption Protocolの20項は、prolongation costの請求の目的(objective)が、Employerがリスクを分担すべき事由が存在しなかった場合と、同等の経済的地位をContractorに確保することであるとも述べている。すなわち、Contractorが本来よりも有利な地位を得ることもないということであり、この観点からも、Contractorの立証の十分性が検討されることになる。

 問題になりやすい類型としては、たとえば、Contractorの人件費や、建設機械のリース料等がある。これらは、ある特定の遅延の有無に拘わらず要する費用であり、当該遅延の原因との因果関係が認定しづらいことが多い。

 また、第18回から第21回にかけて述べたvariationと並行して、prolongation costがContractorから請求される場合、それぞれで同一の項目が請求され、二重請求となっている場合(あるいは、時間ベースで算定されるべきprolongation costと、時間は無関係な費用、たとえばvariationで変更された資材の調達費用が混同されている場合)もある。このような請求は当然認められるべきものではなく、prolongation costの請求においては、このようなものが含まれていないかを検証する必要もある。

 Contractorとしては、prolongation costを請求するためには、上記の各点等に留意の上、当該遅延の原因と増加コスト等について、十分な証拠を用意する必要がある。証拠の確保は、他の請求の場面でも重要なことであるが、prolongation costについては上記の難しさがあるため、十分な証拠の確保がより一層重要となる。

 


[1] SCLのホームページで入手可能である。
https://www.scl.org.uk/resources/delay-disruption-protocol

 

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