◇SH3847◇ベトナム:労働法Q&A 個人労働紛争の解決 澤山啓伍(2021/12/06)

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ベトナム:労働法Q&A 個人労働紛争の解決

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 澤 山 啓 伍

 

  1. Q: 当社が懲戒解雇した元従業員が、解雇処分に不満を申立て、当社に対して訴訟を提起すると言ってきています。この紛争の解決は、どのような手順を辿ることになるでしょうか。
  2.  
  3. A:

1 個人労働紛争とその紛争解決機関

 労働法は、労働紛争(労働関係を確立し、履行し又は終了する際に生じる各当事者間の権利・義務・利益に関する紛争、各労働代表組織間の紛争、労働関係に直接関連する関係から生じる紛争)に関するルールを定めており、本件もそれに従って処理されることになります。労働紛争には、集団労働紛争と個人労働紛争がありますが、本件は後者に該当し、これについては、①労働調停人、②労働仲裁評議会及び③人民裁判所という3つの機関がその紛争解決にあたる権限を有する機関として列挙されています(187条)。

 

2 紛争解決の流れと調停前置

 個人労働紛争を解決するための3つの機関の関係と手順は別表のようになっています。

 まず、現行労働法制定前は、全ての労働紛争の解決において、まず、両当事者が直接交渉して双方の利益の調和、生産・経営の安定、社会の秩序・安全の確保を図らなければならないという原則が規定されており、読み方によっては直接交渉をしなければその後の調停や裁判に進めないとも考えられましたが、この規定は現行法では削除されています。とはいえ、通常は、まず紛争当事者間で直接又は弁護士を交えて和解交渉がされることになります。

 直接交渉では個人労働紛争が解決しない場合、原則として、裁判や仲裁を提起する前に、まず労働調停人の調停手続きを経なければなりません(調停前置)(188条1項)。ただし、以下の場合は例外とされています。

  1. a) 懲戒解雇、労働契約の一方的終了に関するもの。
  2. b) 労働契約が終了する場合の損害賠償及び手当に関するもの。
  3. c) 家事手伝人と使用者との間のもの。
  4. d) 社会保険、健康保険、失業保険、労働災害及び職業病に対する保険に関するもの。
  5. dd)労働者と、契約に基づいて労働者を海外へ送り出す企業・組織との間の損害賠償に関するもの。
  6. e) 派遣労働者と派遣先使用者との間のもの。

 本件は懲戒解雇に関する個人労働紛争であり、上記の例外に該当するので、調停前置は適用されません。すなわち、本件の元従業員は、紛争解決を労働調停人の調停に申し立てることもできますし、調停を経ずに、労働仲裁評議会による仲裁や裁判所での裁判を申し立てることもできます。

 

3 労働調停

 元従業員が労働調停を申し立てた場合、調停人は、申立てを受領してからから5営業日以内に終結させなければならないとされています(同条2項)。その間に、両当事者又はその代理人が出席する調停会議が行われ、当事者間で和解に至れば、調停成立の議事録が作成されます。和解に至らない場合、調停人により調停案が出されます。両当事者が調停案を受諾しない場合、又は2回適法に召喚されたにもかかわらず正当な理由なく欠席した当事者がいる場合、調停は不成立となります(同条3項、4項)。

 期間内に調停人が調停を終結させない場合又は調停が不成立となった場合、当事者は労働仲裁評議会又は裁判所のいずれかに対して申立てを行うことができます。

 

4 労働仲裁評議会

 労働仲裁評議会は、従前から利益に関する集団労働紛争を解決するための機関として存在していましたが、労働仲裁評議会による個人労働紛争の解決制度が、2021年施行の現行労働法で新しく導入されました。労働仲裁評議会への申立ては、両当事者の合意に基づくものとされています(189条1項)ので、元従業員が本件を労働仲裁評議会に申し立てようとしても、貴社が同意しなければ申立ては成立しません。当事者が仲裁評議会に申立書を提出した場合、労働仲裁評議会は、申立書を受領してから7営業日以内に当該紛争を解決するための労働仲裁委員会を設立しなければならず(同条2項)、その設立から30日以内に、労働仲裁委員会が(当事者が従う義務を負う)決定を下すことになっています(同条3項)。それらの期限が遵守されない場合、又は一方当事者が決定に従わない場合、相手方は裁判所に解決を求める権利を有します。

 

5 まとめ

 以上のとおり、懲戒解雇を巡る本件紛争において、元従業員は、①労働調停人に調停を申し立てる、②労働仲裁評議会に仲裁を申立てる、③人民裁判所に訴訟を提起するという3つの方法のいずれかを選択することができます。①及び②は、決定が出るまでの期間が短期間なので、申立てを受ける側としては、十分な応訴の準備時間を確保することが難しいという側面はあるものの、これらの手続きで解決すれば、最終的な貴社側の負担は軽く済む可能性もあります。なお、訴訟になった場合、応訴して判決まで至るまでに年単位での時間がかかることがあり、その分手間と費用も高額になり得ます。

 

【別表】

 


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(さわやま・けいご)

2004年 東京大学法学部卒業。 2005年 弁護士登録(第一東京弁護士会)。 2011年 Harvard Law School卒業(LL.M.)。 2011年~2014年3月 アレンズ法律事務所ハノイオフィスに出向。 2014年5月~2015年3月 長島・大野・常松法律事務所 シンガポール・オフィス勤務 2015年4月~ 長島・大野・常松法律事務所ハノイ・オフィス代表。

現在はベトナム・ハノイを拠点とし、ベトナム・フィリピンを中心とする東南アジア各国への日系企業の事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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